高校の卒業演奏会の最中に、出演者が首席のクラスメイトを殺してしまう事件が起きた。作曲家アントニオ・サリエリがモーツァルトの才能に嫉妬して毒殺を企てた説にちなんで、事件は「サリエリ事件」と呼ばれた。残りのクラスメイト4人は大学に進学するが、4年後、再び顔を合わせた演奏会の最中に、またしても殺人事件が起こってしまう。何故、悲劇は二度も起きたのか──。
「小説推理」2024年12月号に掲載された書評家・大矢博子さんのレビューで『サリエリはクラスメイトを二度殺す』の読みどころをご紹介します。
■『サリエリはクラスメイトを二度殺す』額賀 澪 /大矢博子 [評]
音楽専攻の附属高校の卒業演奏会で起きた惨劇。そして4年後、大学の卒業演奏会で、再び同じ悲劇が起きる──。青春のエゴをビターに描いた音楽ミステリ
朝里学園大学の卒業演奏会に選ばれたピアノ科の桃園、羽生、藤戸、加賀美の4人。成績優秀者が指名される演奏会なので本来なら光栄なことだが、これが彼らに苦い思い出を想起させた。4年前、附属高校の卒業演奏会の最中に出場者のひとりだった音楽科クラスメイトの恵利原が、同じくクラスメイトの雪川を殺すという事件が起きたのだ。そして今回選ばれた4人はいずれも、4年前に被害者・加害者とともに演奏会に出場したメンバーだったのである。
恵利原が動機を雪川の才能への嫉妬と供述したことで、イタリアの作曲家サリエリがモーツアルトの毒殺を企てたという説にちなみ「サリエリ事件」と呼ばれた。同じ状況の再来に──けれどそこにはかつて存在していたふたりのクラスメイトがもういないのだという事実に、過去を思い出さずにはいられない4人。
そんな時、週刊誌記者の石神が4年前のサリエリ事件について彼らにインタビューを申し込んできた。いったい石神は何を追っているのか?
──というのが物語の導入部なのだが、実はこの前に、プロローグで明かされる事実がある。かつての卒業演奏会で高校生が高校生を殺した、その4年後に今度は大学の卒業演奏会で大学生が大学生を殺す事件が起きた、というのだ。その殺された大学生も殺した大学生も、サリエリ事件の関係者だった、と。
つまり読者は彼らの回想や現在を追いながら、この中の誰が誰を殺すのか、それはなぜなのかという「未来」をも予想しながら読むことになるのである。いやあ、面白い。
だが推理にうつつを抜かしてはいられない。4人が思い返す過去と石神自身の物語が炙り出すのは、才能というものに対する嫉妬と、その嫉妬をどう消化するのかという足掻き。そして何より「自分は恵利原を止められたのではないか」「何かできたことがあったのではないか」という激しい後悔である。
殺人犯はすでにわかっている。動機も供述されている。そんな中でこの物語が描くのは、誰しも持っている嫉妬という感情が殺人という行為に結びついてしまう過程の謎解きであり、それを知りたいと思う同級生たちの無自覚なエゴだ。意外な展開、意外な真相という点でミステリとして読み応えがあるのはもちろんだが、それ以上に、自分を他者と比較せずにはいられない環境にいる若者たちの、残酷にしてビターな青春小説なのである。