昨年、成田凌主演のドラマ化で話題となった『転職の魔王様』の著者が紡ぐ、喪失と再生の物語がついに文庫化! 身近で大切な人を突然失い、その死の理由がわからないことに戸惑う主人公が、真相を探るために世界各地へと旅に出る──。
『世界の美しさを思い知れ』の読みどころを「小説推理」2022年2月号に掲載された書評家・大矢博子さんのレビューでご紹介します。
『世界の美しさを思い知れ』 額賀澪 /大矢博子 [評]
人気俳優である双子の弟が突然の自殺。メディアやSNSが騒ぐ中、兄は弟の足跡を辿って世界各地を巡る──。喪失と再生と理解を描く感動の物語。
物語の始まりは、28歳の人気俳優・蓮見尚斗が自殺したという速報記事だ。そしてその報に驚いたり悲しんだりしているSNSの様子が出たのち、本編へと入る。
主人公は死んだ俳優の双子の兄である蓮見貴斗。遺書も何もなく、なぜ突然弟が死を選んだのかわからない彼は、弟のスマホに届いた一件のメールに気づく。それは生前、尚斗が予約していた礼文島旅行の出発日を知らせる、旅行会社からのリマインドメールだった。
──実はこの時点で私は 「旅行の予約をしていた人物が自殺するはずはない、殺人事件だ!」と早合点してしまったのだが、同じようなミステリファンがいるかもしれないのでお断りしておく。これはそういう物語ではない。尚斗は自殺だし、その死の理由は(これは書いてもいいと思うが)最後までわからない。だがこの「わからない」ということこそ、本書の核なのだ。なぜなら本書は、身近な人や大切な人が突然亡くなり、その理由がわからないという状況の戸惑いや喪失や不安に向き合う話なのだから。
尚斗の何かがわかるかもしれない、と貴斗は弟が予約したルートのまま、礼文島に出かける。景勝地で観光し、地元の美味しいものを食べ、記念品を持ち帰る。
そして弟の死後に届いた荷物をきっかけにマルタ島へ、弟が出演した映画の舞台である台中へ、弟を知る人物に会いにロンドンへ、弟の元カノに導かれるようにニューヨークへ……と、貴斗は世界各地を巡ることになる。
旅の物語だ。描かれる風景、文化、食べ物などはまさに紀行文学のそれであり、行ってみたい、見てみたいという気持ちを読者に喚起させる。だがそれは同時に、弟の人生を追走する旅であるとともに巡礼の旅でもある。弟の新たな面を見つけるたびに、貴斗の心に浮かぶ「なぜ死んだのか」という疑問。双子という半身を不意にもぎとられ、しかもその理由がわからないが故に気持ちの持って行き場のない貴斗の懊悩と慟哭が、読者の胸を締め付ける。
人は「わからない」ものなのだとあらためて思う。一章ごとに挿入される週刊誌の記事やSNSも、いかに人が他者のことを「わかってない」かを浮き彫りにする。だがわからないからこそ真摯にわかろうとする、わかろうと足掻く行為こそが崇高なのだと、染みるように胸に落ちる。
貴斗が辿り着いた場所はどこだったのか。どうかしっかり味わっていただきたい。感動と、清々しさと、そして一 片の寂しさに彩られた見事なラストだ。