同じクラスで二度も殺人事件が起きてしまう──本作は悲劇としかいいようがない物語だ。音大附属高校音楽科の成績優秀なピアニスト6人が大学・高校合同の卒業演奏会に出演し、首席の生徒が殺されてしまう。加害者は逮捕され、残った4人は大学に進学し4年間を過ごすことに。そして同じ卒業演奏会で、また悲劇が起きてしまう。2つの事件はなぜ起きたのか。殺人事件の関係者として生きていくことのつらさとはなんなのか。著者の額賀澪さんに、本作に込めた思いを聞いた。

 

凶悪事件の関係者になってしまった人々を書きたかった

 

──額賀さんはこれまでに数々の青春小説を書いてこられましたが、本作はもっとも悲しい物語ではないでしょうか?

 

額賀澪(以下=額賀):吹奏楽や合唱など、音楽を題材にした青春小説は何冊も書いてきましたが、そこに「殺し」が入ってきてしまうのは初めてですね。それも「二度殺す」ですから。作中でも実際に二度の殺人事件が起こってしまうわけで、私の著書の中では一番物騒な作品に仕上がったと思います。

 

──本作はピアニストの青春を舞台に、友情、嫉妬、恋愛、そしてサスペンス要素と様々なテーマを内包していますが、物語の着想はどういうところだったのでしょうか?

 

額賀:「凶悪事件の関係者になってしまった人々」というテーマに昔から興味があったんです。実は一度、「クラスメイトが殺人犯になってしまった僕達のその後の人生」という作品を描いた長編を双葉社以外の出版社で書いたことがありまして。書き上げたもののどうもしっくりこなくて、担当編集もしっくり来てなくて、結局ボツになってしまったんです。いつかリベンジしたいなと思っていたところ、「音楽」と「二度の殺人事件」という要素を加えるアイデアを双葉社の担当編集が思いついて、今作に辿り着きました。

 

──音大附属高校から音大へと同じメンバーが進学する。若きピアニストたちは7年間を共にするのですから、友情が育まれるとともに、やはり嫉妬もあります。4人の大学生達の人間関係もなかなか複雑です。額賀さんご自身も芸術学部出身ですね。このあたりはどのようにして物語を創り上げていったのでしょうか? 

 

額賀:音大とその附属校を舞台にすると決めたときから、音楽の道に生きようとする高校生・大学生の姿はしっかり描きたいと思っていました。部活動としての吹奏楽部や合唱部を書くのとはひと味違う、生活のすべてを音楽に捧げて、音楽と共に生きることに執念を燃やす若者を書きたいな、と。クラスメイトは厳しい世界を共に歩む仲間で、同時にライバルで、仲のいいクラスメイトが自分の道を阻む障害となる場合もある。音楽に限った話じゃないですが、志が同じだからこそ、「あの子は友達だし大好きだけど、あの子の〈才能〉は私を虫けらみたいに見ている」という瞬間がどうしたってあるんですよね。

 

──厳しい音楽の世界ですね。経済的な事情も本作の大きなポイントとなります。高校首席の雪川織彦は特待生として大学の学費が免除されることが決まっていました。雪川を殺してしまった恵理原柊は実家の経済的事情が芳しくなかった。音楽科は学費だけではなく楽器代や個人レッスン料など相当なお金がかかり、それがサリエリ事件の要因のひとつでもあります。このあたりは非常にリアルに描かれていました。

 

額賀:音楽をやるにはどうしたってお金がかかりますからね。私はスポーツ小説もよく書くので、「この競技を幼少期からやるには裕福な家庭じゃないと無理だな」と思うこともしょっちゅうあるんです。本人の才能や努力だけでなく、どんな環境に生まれたかが選択肢の数を大きく左右する。青春小説を書く以上、そういった現実を作品の中に掬い上げていく必要があるなと、この数年は特に思うようになりましたね。

 

何気ないひと言が、自分や他人の人生を大きく変えてしまうことがある

 

──大学に進学した4人はずっと「サリエリの関係者」という目で世間から見られ、ピアノに集中できないことが多く、悩み続けます。事件を忘れるとはできないし、どうやって乗り越えるかは本作の読みどころでもありますが、登場人物たちの苦悩を描くのは大変だったのではないでしょうか?

 

額賀:殺人事件そのものを描くというより、事件の関係者になってしまった人々を書くということが今作の目的だったので、一人ひとりの葛藤とその行く末を考えに考えながらの執筆でしたね。被害者が被害者になる前、加害者が加害者になる前の日常を知っているからこその苦悩や後悔、罪悪感がある。自分の些細な言動が最悪の結果を招いたのかもしれない、もしくは結末を変えられたのかもしれないと考え続けてしまう。そういう境遇に置かれてしまった若者達の青春がどんなものなのか、楽しんで(というのは変かもしれないですが)いただけたら嬉しいですね。

 

──学生の物語ですので、恋愛も絡んできます。恵理原は事件前にある女子生徒に告白していました。進学した学生の間にも恋が芽生えます。高校時代は「ピアノと恋愛」を天秤にかけ、「恋愛なんか考えられない」という子もいれば、大学生になると両立できるようになる子も登場します。音楽と恋愛の両立も本作の読みどころです。等身大のピアニストの卵がしっかり描かれていて淡い気持ちを抱きました。

 

額賀:今回書いた恋愛模様はちょっとややこしい恋愛なんですよね(笑)。才能に惹かれてしまったが故の恋愛感情とか、楽しい思い出に縋りたいが故の恋愛感情とか、音楽という巨大で終わりのないものを追いかけていたからこそ生まれてしまった感情なんだと思います。それに、登場人物達は「クラスメイトがクラスメイトを殺した」という他の誰とも共有できない大事件を共有してしまっているんですよね。事件の関係者だからこそ、お互いのことを忘れたくても忘れられないし、離れられないし、なんとなく支え合って助け合ってしまう。さっさと距離を取った方が楽だとわかっているのに、どうしてもそれができない。そんな中で生まれる恋愛感情は不幸な足し算やかけ算の結果だよな~と思いながら書いたのが、彼や彼女の恋愛模様でしたね。

 

 

──本作を読むと、いかに友情が脆いものかということを痛感しました。何気ないひと言が引きがねとなって2つの事件に繋がります。「言葉」は自分や他人の人生を大きく変えてしまうことがあるというメッセージを受け取りました。額賀さんが本作で「言葉」について込めた思いを教えて下さい。

 

額賀:実際、些細なひと言で人の人生がいい方にも悪い方にも転ぶことってあります。しかもそれって、発した当人が「言ってやったぞ」って思ってないような、なんてことない言葉であることが多い。何気ない言葉だからこそ相手に響くこともあるし、何気なく言ってしまったからこそ、隠しようのない悪意を帯びてしまったり、発したときの想いとは正反対の結果を生んでしまったり。この作品の最初のタイトル案は「殺意の軌道」だったんですけど、「クラスメイトの起こした殺人事件」という出来事を通して、何気ない言葉がどんどん連鎖して誰かの中に殺意を生み、悲劇に繋がってしまう過程を味わっていただけたらと思います。

 

──そして二度目の殺人が起きたあと、エピローグの後日談でもとんでもないことが起きます。ここはぜひ読んで驚いてもらいたいところですね。

 

額賀:そうですね。ネタバレになるので詳しくは言えませんが、物語のラストであの人が何を言おうとしたのか、ぜひ読後に想いを馳せていただけたらと思います。