すべてがラストで結びつく──。
蝶の翅が生えた人型アバターが生息するVR空間〈バタフライワールド〉。そこでは非暴力が徹底され、アバター同士が傷つけ合うことは不可能だった。現実の世界では「引き籠り」である主人公のアキは、現実の辛さから〈バタフライワールド〉に住み続けたいと願っている。
そんなある日、VR空間から「ログアウトしない」者たちが暮らすという〈紅招館〉に、相棒のマヒトと共に向かうことに。二人は館に泊まらせてもらえることになるが、翌朝、とある住人がナイフの刺さった死体となって発見され、さらに第二の事件が起き……!?
現実世界の事件とも複雑に絡み合い、物語は混迷を極めていく――。
現実か、VRか、どちらの世界に生きるべきか。主人公とともに私たちにも問われている特殊設定本格ミステリが、単行本刊行時のタイトル『Butterfly World』から改題し、ついに文庫化!
「小説推理」2021年9月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューで『紅招館が血に染まるとき The last six days』の読みどころをご紹介したい。
■『紅招館が血に染まるとき The last six days』 岡崎琢磨 /細谷正充[評]
VR空間で見つかるはずのない死体が発見された──。特殊設定ミステリーにして本格ミステリー。岡崎琢磨は、さらなる地平を果敢に切り拓いた。
デビュー作『珈琲店タレーランの事件簿 また会えたなら、あなたの淹れた珈琲を』から、日常の謎を扱ったミステリーを得意としてきた岡崎琢磨は、2018年の長篇『夏を取り戻す』で従来のテイストを生かしながら、より骨太のストーリーを組み立て、作家としての進歩を示した。最新刊となる本書は、そこからさらに新たな地平を切り拓いた、特殊設定ミステリーにして本格ミステリーの収穫だ。
バタフライワールド、通称BW。そこは“バタフライ”と呼ばれる、蝶の翅が生えた人型アバターが生息するVR空間だ。現実とは違う世界は、世界的な人気を誇っている。主人公のアキも、BWに魅了され入り浸っており、今は、半年前に知り合ったマヒトと一緒に行動している。BWのアキは、快活で優しい。だが、現実のアキは引き籠りであり、ずっとBWで暮らしたいと思っている。
そんなときマヒトが、BWからログアウトをしない人の住む紅招館を見つけた。ふたりで紅招館を訪ねるが、サイバー攻撃により、館とその周囲に閉じ込められる。成り行きで館の客になったふたり。しかし、アバターへの非暴力が徹底しているはずなのに、次々と館の住人の死体が発見されるのだった。
現実とは違う規則や法則のあるVR空間を舞台とした作品は、特殊設定ミステリーといっていいだろう。もちろん作者も、それを熟知している。だから最初にページ数を費やして、BW世界の説明をしているのだ。いろいろな法則があるのだが、もっとも重要なのはアバターに対する非暴力化の徹底である。暴力行為などは、相手に接する前に壁に阻まれ届かないのだ。したがって、アバターが死ぬ事態など、起こるはずがないのである。
ところが紅招館では続けて死体が発見される。その他にも不可解な謎がてんこ盛りだ。ある人物の正体が明らかになる中盤からストーリーはノンストップ。現実世界の事件まで加わり事態は混迷を極める。後半に挟まれた〈読者への挑戦状、もしくは嘆願書〉で、五つの謎が提示されるが、私はひとつしか分からなかった。BWと現実が複雑に絡まった真相は、本格ミステリーの面白さに満ちているのだ。
さらに本書は、ある出来事によりVR空間に耽溺していたアキが、現実を受け入れるまでの物語にもなっている。BWは確かに魅力的だが、アバターの中身は人間である。だからリアルな人の業からは逃げられない。そのことを理解したアキの成長も、大きな読みどころだ。