一日一名限定、会えなくなってしまった人との思い出の料理を提供する「あなたに会える、ごはん屋」。訪れる客は過去を思い出しながら、不思議な再会を果たす。
悲しみに寄り添い、心を解放するハートフルストーリー『あなたに会える杜のごはん屋』は、邦画やドラマの宣伝業務に携わってきた篠友子氏による二冊目の小説。異例の経歴や本作の執筆、物語の舞台となった山梨県北杜市での生活について、お話を伺った。
「死」は終わりではなく、リセットであり、リスタートだという願いを込めた物語
──本作の舞台である「ごはん屋」があるような場所へ実際に移住されたと伺いました。きっかけや、執筆への影響について教えてください。
篠友子(以下=篠):今年の3月に山梨県北杜市に移住しました。2年ほど前、知り合いの紹介で北杜市を知り、格安のアパートを借りて二拠点生活を楽しんでいました。作家デビューできたのがきっかけです。物語を書き続けるなら、こんなところで書きたいなと思いました。言葉で表現するのは難しいのですが、八ヶ岳、南アルプス、富士山に囲まれた北杜市の眺望は、神秘的で神々しい。私の出身は高知県で、真っ青な太平洋を見て育ったので、老後は海の近くがいいと考えていたのですが、北杜市を知ってから完全に「山」に魅了されてしまいました(笑)。そしてその後、病気を経験したことによって、益々都会を離れたいという気持ちが強くなり、移住を決めました。
執筆に役立ったことは、自分のペースで時間をコントロールできることでしょうか。頭の中で物語を構想する行為は都会にいた頃と何も変わりませんが、それを文章に落とし込んでいく過程で、自然の力が集中力を高めてくれていると感じています。
──もうすこし実際の「山暮らし」について伺いたいと思います。どのように過ごされていますか?
篠:環境の変化がこれほどまでに生活を変えるのかと驚くほどです。都会にいた頃は、深夜の2時頃まで起きて、朝は8時に目覚める。食事も不規則でした。病気を経験したことも影響していますが、今は夜9時には布団に入り10時までには就寝、朝5時半には起床です。農家直売の野菜が美味しくて、野菜中心の三食をしっかり食べるようになりました。
我が家からの風景にビルは皆無です。周囲は山と田畑。森と林。360度が緑です。車やバイクの音も一切聞こえません。聞こえるのは、鳥と、今の季節はひぐらしの声です。夜になると、目の前の田んぼを鹿が歩いていたり、朝になると木々を渡るリスがいます。正に自然との共存を体感する毎日です。
そして新たに、渓流でのフライフィッシングとお蕎麦屋さんでのバイトを始めました(笑)。移住に際して一番拘ったのは、田舎のポツンと一軒家。自然がご近所のような環境ですが、社会との関わりも大事だと思います。飲食店でのバイトは学生時代以来ですが、新たな自分の居場所として、素敵な仲間もできて楽しんでいます。週3日のバイトと4日の執筆時間が今の私にはベストな時間の使い方です。
──今後、書いていきたいジャンルや内容はありますか?
篠:構想は常にあります。ジャンルに拘っていることもありません。冒頭の書き出しとラストシーンが思い浮かんだものは仮タイトルをつけてPCのフォルダに保管しています。そこから更に構想が膨らみそうになった時、書き始めるといった感じです。
ただ、私の読書は子供の頃からサスペンス、ミステリー一色でした。シャーロック・ホームズで始まり、松本清張、横溝正史などなど。実は子育てが始まった27歳頃からは読書時間が映像を見る時間に変わり、読書はさほどしていないのです。もちろん映像もサスペンス、ミステリーが基本です。なので、そのジャンルを一番書いてみたいと思っているのですが、反面ハードルも高い(笑)! 更にライバルも多い。他作品との差別化、新規性などを考えると簡単に手が出せないジャンルではあります。それでもいつかは……、といっても年齢的にも余り時間がありませんが(苦笑)、挑戦したいジャンルです。もう一つ、必ず書きたいと思っているのがアニメ原作になり得る物語です。「鋼の錬金術師」を超えるアニメ原作を書いてみたいですね。自分でハードルを上げてますが(笑)。
──最後に、作品の読みどころや読者へメッセージをお願いします。
篠:本作の表紙ビジュアルをとても気に入っています。このビジュアルから伝わってくる温もりを感じたい時、手に取って本作の世界に触れてみていただければ幸いです。全ての人がこの世に生まれた限り、いつかは「死」を経験します。決して避けることができない「死」ですが、その「死」がいつ訪れるのか予想できないのは、とても残酷なことだと思います。それでも誰かの記憶の中に残り続ける限り、その人は生き続けるという考え方があります。更に、この世で終わりがきても、また別の世で再会できる──輪廻転生という考え方もあります。「死」から感じるものが恐怖ではなく、温もりであって欲しい。「死」は終わりではなく、リセットであり、リスタートだという願いを込めた物語です。
【あらすじ】
杜のなかにひっそりとある「あなたに会える、ごはん屋」。ここは一日一名限定、亡くなった人との思い出の料理を提供する。訪れる客はみな、別れに後悔があるが、不思議な再会を果たすことができる。和解できぬまま父を亡くした娘、子供と突然の別れを余儀なくされたシングルマザー、客との思い出を抱える元ホスト、仲間を想う営業マン。そして、店主の天国の使命と過去も明らかに……。悲しみに寄り添い、心を解放するハートフルストーリー。