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 発売直後から続々重版がかかり、大ヒット! 『三千円の使いかた』や『ランチ酒』で知られる原田ひ香さんの最新作『定食屋「雑」』。その発売を記念して、特定の書店で本を購入した読者限定で4月にオンラインイベントを開催しました。作品誕生の裏側から読者の質問にまでお答えした充実の1時間。今回はその一部を抜粋してお届け致します。

 

時間がどんどん流れていく中で、人がどう変わっていくか。

 

——今回、作中でコロナ禍を描くかどうかはギリギリまで迷われていましたね。

 

原田コロナ禍を描いてる作家さんもいれば、あまり描かない方もいらっしゃるし、どうしようか私もすごく悩みました。連載時にはコロナ禍の雰囲気や空気感は書きつつも、単行本になった時はそれを取ってしまうという選択肢も考えたんですけど……。

 その当時、『ランチ酒』の連載を1~2カ月お休みをいただいたんですね。お昼にお酒飲むっていうことができない時期で、お酒を出してない店も多かった。そうやって飲食店の皆さんがすごく大変な思いされたということもあって、やはり飲食店を描くにあたってコロナ禍は描きたいという気持ちが強かったので、本作では入れることにしました。

 

——作中では時間が流れ、沙也加の離婚問題、コロナ問題、常連客の親子同居問題など、登場人物たちの生活がどんどん変わっていきます。定食屋「雑」も例外ではなく、訪れる変化にどう対応するかというそれぞれの選択が作中で丁寧に描かれていました。

 

原田:定食屋の雰囲気の中で、人がどういう風に動いていくかを考えながら書いていたんですが、一冊の本になって読み返して思ったのは、時間というのはどの人にも平等に流れるし、それを止めることはできないということです。私もだんだん年とってきて、それはすごく感じるんです。

 一般的には、どちらかというと若い人の方がゆっくり時間が流れて、年をとってくるとだんだん早く流れると言われますけど、でもやっぱりどんな人にも時間は平等に流れていく。年をとった人の24時間も、子供の24時間も、同じ時間なんですよね。そしてその中でできることというのも、ある程度平等だと思います。一方で、時間の流れは止めることもできないんですよね。そういうことも含めて、この小説は時間がどんどん流れていく中で、人がどう変わっていくか、ということが1つのテーマの作品なのかなと思います。

 

——ありがとうございます。トークイベントに参加された方から質問が届いております。「原田先生の人生で最高だと思う『食』はなんでしょうか?」

 

原田私の祖母が亡くなった時に、祖母の実家の四国でお葬式をしたんです。親戚が20人近く集まったので、伯母が近くの市場からかなり大きなブリを1本買ってきました。それを捌いて、お刺身を生卵と甘いお醤油を混ぜたタレにつけて、炊き立てのご飯とお味噌汁と一緒にお昼ご飯を食べたんです。お葬式のときってお弁当をとることが多いと思うんですけど、そのときに作ってもらったブリのご飯が本当に美味しくて!

 親戚20人ぐらいで食べてもまだ残っていたブリのお刺身を、夜はブツにして、『定食屋「雑」』の冒頭じゃないですけど、大根と一緒に炊いてブリ大根にしてまたご飯とお味噌汁で食べたんです。すごく美味しかったし、親族一同で家の中でそういった手作りのご飯を食べたことは、いいお葬式だったなと、今でも思い出します。

 

——それでは最後に原田さんから視聴者の皆様にコメントをお願いします。

 

原田:今日は本当に、皆さんありがとうございました。 本を買っていただくことも、書店まで出向いてもらうことも、たくさんの選択肢の中から選んでいただいた行為だと思います。今回のオンラインチケットをもらうために書店に行ってくださった方もいらっしゃるでしょうし、日にちと時間に合わせてイベントを見ようと調整してくださった方もいらっしゃって、本当にありがたいことだと思っております。またぜひよろしくお願いします。

 

 

【あらすじ】
真面目でしっかり者の沙也加は、丁寧な暮らしで生活を彩り、健康的な手料理で夫を支えていたある日、突然夫から離婚を切り出される。理由を隠す夫の浮気を疑い、頻繁に夫が立ち寄る定食屋「雑」を偵察することに。大雑把で濃い味付けの料理を出すその店には、愛想のない接客で一人店を切り盛りする老女“ぞうさん”がいた。沙也加はひょんなことから、この定食屋「雑」でアルバイトをすることになり──。個性も年齢も立場も違う女たちが、それぞれの明日を切り開く勇気に胸を打たれる。ベストセラー作家が送る心温まる定食屋物語。