発売直後から続々重版がかかり、大ヒット! 『三千円の使いかた』や『ランチ酒』で知られる原田ひ香さんの最新作『定食屋「雑」』。その発売を記念して、特定の書店で本を購入した読者限定で4月にオンラインイベントを開催しました。作品誕生の裏側から読者の質問にまでお答えした充実の1時間。今回はその一部を抜粋してお届け致します。

 

「豚バラ肉と大根があったら、何作る?」

 

——皆様本日はイベントにご参加頂きありがとうございます。早速、原田さんにお話をお伺いしたいと思います。まず、『定食屋「雑」』はどのような経緯で生まれたのでしょうか。

 

原田ひ香(以下=原田):コロナに入ったくらいの頃、皆さんに少しでも気持ちを楽に持ったり、楽しんでもらえたらと考えたんです。例えばTwiter(現X)に少しずつ小説をアップするとか、何かそういうことができたらいいなって。

 その時に思いついたのが、この『定食屋「雑」』の1行目、「豚バラ肉と大根があったら、何作る?」っていうセリフ。ここから始まる小説が書けたらいいなと考えていたら、ちょうど双葉社さんから『ほろよい読書』というお酒にまつわる短編のアンソロジーへの依頼があったので、具体的に動きだしました。

 

——本作は『ほろよい読書』に掲載された短編を第一話として、その続きが描かれていますね。

 

原田:はい。よろしければ皆さんも大根と豚バラのお料理を考えてみてほしいんですが、厚い塊肉もあれば、薄切り肉もある。大根の切り方も、風呂吹き大根のように厚いものから、薄切りもある。例えばどちらも薄切りにしてしゃぶしゃぶにすることもできるでしょうし、スープからこってりした煮物まで、いろんなものが作れると思うんです。

 そんなことを考えながら第1話を書いたんですが、私自身、書いてみてとっても楽しかった。それでこのお話をもうちょっと書きたいなとご相談したのが始まりになります。

 

——『定食屋「雑」』の主人公・沙也加は素材の良さを活かしたスープを、お友達の亜弥はこってりした甘辛煮を作ろうと考える。これだけで人物の性格が表れる1行目ですね。
さらにこの後登場する定食屋「雑」の女店主・ぞうさん(みさえ)は、ほとんどのメニューをすき焼きのタレで作ってしまうという、大雑把な性格。ぞうさんはどのようにして生まれた人物でしょうか。

 

原田:うちはお正月休みに必ずすき焼きを食べるんです。逆に言うとその時ぐらいしかすき焼き食べないんですけど(笑)。年末にすき焼きのタレを買おうと思って業務スーパーに行ったら、そこに2リットルくらいの大きいタレが売っていました。ちょっと多いかなと思ったんですけど、年末で時間がなかったので、もういいやと思ってそれを買ったんです。
 
 そしたら案の定すごく余りました。ほとんど使わずに残っちゃったんですが、その甘じょっぱいタレが本当に何にでも使えるなって気がついたんです。照り焼きはもちろん、肉じゃがなどの煮物や、ちょっとお酢を入れれば酢の物にも使える。本にも書きましたけど、オムレツなんかもいけるんですよね。日本料理の大半がこれで作れることが分かったので、「なんでもすき焼きのタレで作っちゃう洋食屋さんってどうかな? でも洋食屋じゃないな、居酒屋さんか定食屋さんはどうかな?」と考えました。

 本当は全部の料理をすき焼きのタレで作りたかったんですけど、さすがに普通の醤油も使わないとできない料理があるので、多少ほかのお醤油も使ってます。だけど基本的にはすき焼きのタレで作っちゃうような、雑な料理が出てくるお店のイメージです。

 

——作中では、普通の醤油、めんつゆ、すき焼きのタレ、この三種類で店主はすべてのメニューを作っていますね。

 

原田:そう、その三種類をどれも「醤油」と呼んでいます(笑)。

 

——そのため定食屋「雑」でアルバイトを始めた沙也加は、どの料理にどの「醤油」が使われているかを覚えなければならないことに最初は戸惑っていました(笑)。そんな沙也加とぞうさんは、性格は違えど次第に距離が縮まり、ラストシーンでは予想外の関係に。この結末は最初から考えてらっしゃったんですか。

 

原田:大まかにはあったんですけど、でも、そんなに細かいこととかは全然考えていなくて。今回は第1話がすでにあり作品の雰囲気も出来上がってはいたので、その先のことはもうほとんど考えずに連載に入って、毎月毎月綱渡りみたいな感じで書いていました。なんとか最後まで仕上げていったという感じです。

 

(後編)へつづく​

 

【あらすじ】
真面目でしっかり者の沙也加は、丁寧な暮らしで生活を彩り、健康的な手料理で夫を支えていたある日、突然夫から離婚を切り出される。理由を隠す夫の浮気を疑い、頻繁に夫が立ち寄る定食屋「雑」を偵察することに。大雑把で濃い味付けの料理を出すその店には、愛想のない接客で一人店を切り盛りする老女“ぞうさん”がいた。沙也加はひょんなことから、この定食屋「雑」でアルバイトをすることになり──。個性も年齢も立場も違う女たちが、それぞれの明日を切り開く勇気に胸を打たれる。ベストセラー作家が送る心温まる定食屋物語。