大石大さんの『恋の謎解きはヒット曲にのせて』は、なぜ失恋したかを推理する連作短編集だ。時代ごとのヒット曲や社会情勢を織り交ぜながら、物語は展開されていくが、そのなかにAKB48の大ヒット曲『フライングゲット』も入っている。今回は選抜メンバーとして同曲を歌った元メンバーであり、昨年『おかえり、めだか荘』で作家デビューもした俳優・北原里英さんをお招きして大石さんと対談していただいた。小説や曲に対する2人の思いとは──。

 

取材・文=円堂都司昭 撮影=武田敏将

 

平成を象徴するグループにいられたのはラッキーだった

 

大石大(以下=大石):僕のデビュー作は、大学で勉強した社会学の知識をもとにした『シャガクに訊け!』(2019年)で、謎解きに近いものでした。それが評価されたので、近いコンセプトでなにかもう1冊できないかと考え、もともと僕が好きだった心理学を応用した『恋の謎解きはヒット曲にのせて』を書きました。こういう理由でふられたと思っていたけど本当は別の理由があったと、心理学を使って真相を見抜く話です。

 

北原里英(以下=北原):小説を着想して形にするまで、どういう風に進めていくんですか。

 

大石:スタイルが見つかるまで書いてはダメ、書いてはダメと、試行錯誤が続くんですけど、この小説は見つかるのがわりと早かったですね。謎解きの伏線は書く時に意識しつつ、こういうこともできかな、と思いついたら後から増やしたりしました。

 

恋の謎解きはヒット曲にのせて
『恋の謎解きはヒット曲にのせて』

 

北原:私は湊かなえさんが好きで、やっぱり読むのはミステリーが一番多いので憧れますけど、伏線とかは思い浮かばないだろうな。『恋の謎解きはヒット曲にのせて』で失恋を繰り返す主人公の綾は31歳で、私と同世代なんですよ。読んでいて、いろいろ懐かしかったです。だから、最初は同じくらいの歳の方が書いたのかなと思っていました。

 

大石:北原さんの世代やそれより上の方には懐かしがってもらえる内容ではないでしょうか。最も前だと1995年の話が入っています。

 

北原:私はAKB48の元メンバーたちと、ポッドキャストで平成を懐かしむ番組(「キリ番踏んだらカキコして」)を始めたんです。大石さんの本をめぐって対談させていただくのも、平成の縁が引き寄せたのかもしれません。

 

大石大氏

 

大石:この小説を構想したのは、平成が終わった直後の令和元年でした。主人公の過去の失恋を描くといっても、1人が1年でたくさん失恋することはないでしょう。だから、ある程度スパンをあけて、小学校時代、学生時代、大人になってという風に書こう、それなら何年何月の出来事と特定して同時代の事件やヒット曲を反映させようと考えました。僕はもともと『COUNT DOWN TV』、『歌の大辞テン』のような番組を毎週楽しみに見ていたんです。でも、今はYouTubeやSpotifyなどでどんな曲も聴き放題。逆に新しい曲より、昔好きだった曲を発掘して懐かしがることが多くなった。だから、主人公が後半の章であまり音楽を聴かなくなってしまうのは、自分自身を反映しているんです。

 

北原:わかります。大人になると、特に恋の歌に心が動かなくなるんです。あんなにも失恋ソングが好きで感動していたのに(笑)。

 

大石:そういうことも含め、平成を総括するといったら言い過ぎですけど、どんな時代だったのか、ヒット曲を通じてふり返ろうという狙いでした。映画やドラマは音楽を使えて話が盛り上がるけど、小説はそうできないから不利だと感じていましたけど、今回はみんなが知っている歌を章ごとのテーマ曲に決めて、タイトルを章題にしました。そうすると自分自身が楽しく書ける。また、平成を振り返る意味では、やはり宇多田ヒカルとAKB48は入れたかったんです。
(各章で順にYUI『CHE.R.RY』(2007年)、AKB48『フライングゲット』(2011年)、BUMP OF CHIKEN『天体観測』(2001年)、宇多田ヒカル『First Love』(1999年)、My little Lover『Hello,Again~昔からある場所~』(1995年)、星野源『恋』(2016年)が登場する)

 

北原:『CHE.R.RY』とかは、私世代ど真ん中の曲なので懐かしかったです。『フライングゲット』については、実は当時とても忙しかったので記憶が曖昧です。シングルの発売順とかもよく覚えていません……(笑)。

 

大石:『フライングゲット』は、当時、社会現象にまでなったAKB48で、恒例だった歌唱メンバーの選抜総選挙があって作られた曲ですよね。作家でいえば発行部数が1位からランク付けされるような怖さがある。残酷だけど、だからこそ惹きつけられる。

 

北原:すごいことですよね。もちろん抜いたり抜かれたりを気にしましたけど、そうやって切磋琢磨したメンバーとは、今でも仲がよくて戦友みたいな感じです。この小説を読んだ時、自分たちは一生懸命やっていましたけど、自分たちのことをあまり知らない人にもなにか元気や勇気を与えていたのかもと思って嬉しかったです。意味があったんだなって。今は多様化の時代で1つのものがクラス中に流行るのは難しい。でも、平成はまだ「クラスの8割が知っている」とかということがあった時代だと思うので、そういう平成を象徴するグループにいられたのはラッキーだったと思います。

(後編)へつづく​

 

【あらすじ】
『恋の謎解きはヒット曲にのせて』31歳、独身の綾は過去の恋愛で、ことごとく理不尽なフラれ方をしていた。そんな綾が行きつけのバーでママのみひろ相手に過去の失恋話をしていたところ、大学教授を名乗る常連客の男に話しかけられ……。淡い恋も哀しい恋も喜びの瞬間も……そこには、いつも心に響くヒットソングがあった。そんな曲にのせて社会学や心理学を使い”失恋の真相“を解き明かす連作ミステリー。