2023年のベスト・ブック

【第1位】

装画・ブックデザイン=鈴木成一デザイン室

わざわい
小田雅久仁
新潮社

【第2位】
『をんごく』

北沢陶
KADOKAWA

【第3位】
『夜行奇談』

東亮太
KADOKAWA

【第4位】
『押川春浪幽霊小説集』

押川春浪
新紀元社

【第5位】
『妖精・幽霊短編小説集』

下楠昌哉 編訳
平凡社ライブラリー

 

 精鋭・小田雅久仁の勢いが、一向に止まる気配を見せない! 昨年、高い評価を受けた『残月記』に続く短篇集『禍』は、版元みずから〈怪奇小説集〉と堂々銘打つ1冊。ホラーミステリ云々といった、最近流行のぬえ的な呼称ではなく、実にすっきりとして潔い。文学としての居ずまいが、美しい。

 内容は一見、古風な(ちょいと乱歩先生を彷彿させるような!?)「奇妙な味」の小説集にも似ているが(特に初期の「耳もぐり」などに顕著)、よく読むと、いかにも新世紀の〈怪奇〉小説集らしい、新奇な趣向の数々が凝らされていて瞠目させられる(特に「喪色記」「髪禍」などに注目!)。

 さて、続く新鋭は長篇『をんごく』北沢陶。横溝正史ミステリ&ホラー大賞で、大賞のみならず読者賞と新設のカクヨム賞──3賞を独占受賞した、幻想文学期待の星だ。大正末期の大阪・船場を舞台に、東京の大震災を契機に、愛する妻に先立たれた画家の懊悩と、死してなお現世に出没する若妻との葛藤……両者を媒介する「エリマキ」と呼ばれる謎めいた存在。時に艶やかに、時にミステリアスに、ほどよく古色を帯びた物語が、端正な文章で妖しくも典雅に綴られてゆく。

 期待の新鋭を、もう1人。こちらは怪談(いや、むしろ妖怪?)実話系で、清新な物語性が注目を集めている連作集『夜行奇談』東亮太だ。かつて〈新耳袋〉シリーズが話題となったときの、あの得体の知れない新鮮な(!)無気味さと高揚感──実話ジャンルならではの先の読めない恐怖を、ひさびさに再認識させてくれる書き手の出現である。丁寧に書きこまれた「不可解な話」の積み重ねが、やがて読者の胸中に、大いなる不安をもたらしてゆく、この得がたい快感!(笑)ひところ流行った、いわゆる「モキュメンタリー」の手法も、いまいち「毎度おなじみ」な印象で新鮮味を欠くきらいのある昨今、何かをやらかしてくれそうな逸材として、今後も注目していきたいと思う。

 古典作品の復刻物で「やられたあ~!」と、思わず唸らされたのが、国書刊行会から刊行された『押川春浪幽霊小説集』だった。明治文壇の風雲児・春浪というと、有名な『海底軍艦』をはじめとするSFの先駆者、血沸き肉躍る冒険小説の書き手という印象が強いのだけれども、実は「幽霊譚」の分野でも、異彩を放つ先駆的な仕事を手がけているのである。どこかの物好きが(笑)、それらの仕事を集成してくれないかな……と漠然と思っていたら、国書さんがやってくれましたか! これまた、幻想文学史の欠落を埋める、貴重極まりない1冊である。

 ちなみに国書刊行会からは今年、ほかにも注目すべき貴重な書物が相次ぎ刊行されていて、どれを優先的に紹介すべきか、大いに迷わされた。とりわけJ・M・ライマー&T・P・プレストの大著『吸血鬼ヴァーニー』の第1巻や、アーペル&ラウンの作品集『幽霊綺譚』の邦訳実現は、大変な快挙と云ってよかろう。どちらも長らく翻訳紹介が切望されながら(前者は吸血鬼小説の大古典として、後者はシェリー夫妻やバイロン卿&ポリドリをスイス湖畔で戦慄せしめた恐怖小説アンソロジーとして)、原書のやや法外な分厚さや(笑)、今となってはいささかクラシックに過ぎる内容に、版元サイドが二の足を踏んでいた感がある。それらが、ついに解禁されたことは、本邦の怪奇党にとっては、大変な僥倖に他ならない。まだ先は長いが(特にヴァーニー……)、スリルとサスペンスに満ちた滑り出しの快調さから察するに、つつがなき完訳実現を祈りたいと思う次第。

 ここで新進気鋭の編者による翻訳アンソロジーを1冊、紹介しておこう。英文学者・下楠昌哉の編訳による『妖精・幽霊短編小説集』だ。アイルランド文学が専門の編者らしく、全章にわたりジェイムズ・ジョイスの作品が含まれ、それらと他の収録作が交感するという凝った構成が採られている。初読の際の率直な印象としては、いわゆる「心霊学」が、アイルランド文学にも思いのほか大きな影響を及ぼしていたこと。アンソロジーというコンパクトな形式で、それらの見取図をこうして一望できるのは嬉しいことだ。

 平凡社ライブラリーといえば、私の企画・編纂した〈文豪怪異小品集〉が、今回の『龍潭譚/白鬼女物語』で、めでたく12冊目を迎えた。12年前の第1弾『おばけずき』に続く泉鏡花スペシャル・パート2である。あの『ドラキュラ』の前年に早くも巨大蝙蝠こうもりを飛翔させた異色作「蝙蝠物語」や「ほたる」など稀少な作品を収める作品集である。

 ちなみに本書の眼目の1つである初期傑作「龍潭譚」顕彰ということでは、前後して国書刊行会から刊行された、中川学えがく『絵本 龍潭譚』にも御注目いただきたい。令和の浮世絵師の異名をとる中川の妖艶な挿絵によって、「龍潭譚」の物語世界への理解が一段と深まることは確実だからだ。

 今年、生誕150年のメモリアル・イヤーを迎えた鏡花作品については、新潮文庫から『外科室・天守物語』という決定版的なアンソロジーも上梓されている。初期から晩年にいたる編年式構成で、幻想と怪奇の巨匠たる鏡花の真髄を示す小説や戯曲全八篇を収録。かつて三島由紀夫や澁澤龍彦を讃嘆させた、鮮やかな手腕の冴えを目の当たりできよう。