人気連載「今月のベスト・ブック」の中から、各ジャンル別2021年のベストを選出!
コロナウイルスとの戦いは昨年から続き、未曾有の事態を反映した作品も生まれました。
読者の皆様にとって、この1年を表す作品は何でしたか?
答え合わせをするのもよし、新年の読書計画の参考にするのもよし。
本企画によって新たな作品と出会えますように!

 

2021年のベスト・ブック

【第1位】

装幀=原田郁麻 写真=Iska

虚魚そらざかな
新名智
KADOKAWA

【第2位】
くだん もの言う牛』

田中啓文
講談社文庫

【第3位】
『おめん』

夢枕獏+辻川奈美
岩崎書店

【第4位】
『怪奇疾走』

ジョー・ヒル 著/白石朗ほか 訳
ハーパーBOOKS

【第5位】
『ユドルフォ城の怪奇』(上・下)

アン・ラドクリフ 著/三馬志伸 訳
作品社

 

 有名無名を問わず、夥しくも思いがけない訃報の数々に見舞われた1年だった。某氏がツイッターで洩らされた「悪い年」という言葉が、強く印象に残る。

 その最たるものが、雑誌「幻想文学」時代に一方ひとかたならずお世話になった歌人・作家の須永朝彦さんの急逝だろう。不幸中の幸いというべきか、思いのほか早く雑誌「ユリイカ」で追悼別冊が組まれ、山尾悠子が編纂を担当した『須永朝彦小説選』(ちくま文庫)も刊行された。故人の偉業が、こうした形で後世こうせいに伝えられてゆくことを切望したい。

 さて、そんな惨憺たる年ではあったが、今年もまた、新たな時代の風を孕んだ、注目すべき新作群が登場しているのは喜ばしい。

 横溝正史ミステリ&ホラー大賞の今年度受賞作である新鋭・新名智の『虚魚(そらざかな)』は、最近流行している怪談実話+ミステリ的な趣向の作品だが、この種の作品にしばしば見受けられる、いかにも〈取って付けた〉ような怪談趣向とは無縁で、主人公の女性コンビが、正体不明の怪異を追って、川の流れを遙かに遡上してゆく……という物語の展開そのものが、〈怪談実話とは何か?〉という根本的な問いを発していて、たいそう読ませる。今後の展開が非常に愉しみな新進の登場といえよう。

 伝奇小説のベテラン・田中啓文が、〈クダン〉という妖物をテーマに、持ち前の奔放不羈ふきな想像力を存分に発揮させた『件 もの言う牛』も、期待に違わぬ力作だった。クダンとは、いわゆる〈予言獣〉の一種で、牛の体躯に人の顔がついた〈合成獣〉でもあるのだが、小松左京の名作短篇「くだんのはは」以来の血塗れの(伝統的な)クダン像と、国会議事堂の地下に巨大なクダン放牧場を夢想するような斬新なクダン像とが大胆に混淆されて、この作者ならではの奇想世界が形づくられていることに、大いに感心させられた。

 ちなみに、この年末、筆者自身が『クダン狩り──予言獣の影を追いかけて』(白澤社)という久々の新刊を上梓したのは、全くの偶然であることを明言しておこう。

 こちらは「小説推理」連載でもおなじみの大ベテラン・夢枕獏が、新進気鋭の画家・辻川奈美とコンビを組んだ怪談えほん『おめん』は、伝統的な〈肉附き面〉の陰惨なテーマを、現代風にアレンジして印象に残った。これ以上ないほど、削ぎ落とされた言葉によって綴られた呪詛と贖罪の物語。辻川の怖いタブローの連なりが、作品に華やぎをもたらしている。

 さて、海外に目を向けると、ジョー・ヒルの短篇集『怪奇疾走』が、親父さん(=スティーヴン・キング)やレイ・ブラッドベリのアメリカン・ノスタルジック・ホラーの伝統を継ぐ、良き出来映えだった。巻頭の「スロットル」(キングと共作)は、リチャード・マシスンの怪作『激突!』の後継作品。〈顔の見えないトラック運転手が無法者のバイカー集団をつけ狙って追いかけ、それが砂漠での戦争に発展する物語〉である。スコットランドの有名なUMAを、米国の湖水に移し替えたかのような「シャンプレーン湖の銀色の水辺で」も、いかにもアメリカンな夢想ドリームを展開させて、心に残る。

 アン・ラドクリフの伝説的なゴシック大長篇『ユドルフォ城の怪奇』が、三馬志伸みんましのぶの手で、ついに全訳刊行されたのも、今年の大きなトピックスだろう。昔の「幻想と怪奇」誌や〈ドラキュラ叢書〉の読者にとっては(いったい何年前の話だよ!)、轆轤首ろくろくびさながら首をなが~く伸ばして待ち続けた甲斐があったというものだ。

 なんと冒頭から100ページを過ぎても、嫋々じようじようたる情景描写の詩篇がえんえんと続く、今となっては悠長な展開も、正調ゴシックとはそういうもの! と覚悟を決めて読むと、さほど苦にはならなかった。あらゆるエンターテインメントの大いなる源流として、誰しも1度は体験しておくべき世界であると、申しあげておきたい。

 以上のほか、惜しくもランク外となったが、中野善夫編訳によるジェローム・K・ジェロームの怪奇幻想短篇集『骸骨』(国書刊行会)、英米怪奇小説紹介の先覚者・平井呈一の知られざる業績に迫る荒俣宏編『平井呈一 生涯とその作品』(松籟社)も、注目に価する仕事だった。

 中世日本をメインに、すぐそこにある異界を描き続けてきた近藤ようこによる、絶妙なコミカライズ『高丘親王航海記』(澁澤龍彦原作/KADOKAWA)全4巻完結の偉業も、忘れずに。折口信夫、田中貢太郎、そして澁澤龍彦と続く、近藤ようこ版日本幻想文学コミカライズの流れは今後も要注目だろう。

 アンソロジスト・モードでの私の仕事としては、今年は双葉文庫〈文豪怪奇コレクション〉で内田百間や泉鏡花の極めつき名作を、ちくま文庫の〈文豪怪談ライバルズ!〉で、刀と鬼と桜にまつわる血塗れの綺譚集を、そして創元推理文庫の〈赤江瀑アラベスク〉全3巻で、デビュー50周年を迎えた作者のベスト・オブ・ベスト作品選集を、それぞれ編纂刊行できたことを第一に挙げておきたい。

 どれも文庫オリジナルの廉価版である。これからの若い読者にとって、価格の問題は、決して馬鹿にならない意味を持っていると思うのだ。活字中毒者予備軍の諸賢にとっては特に!