2022年のベスト・ブック

【第1位】

装幀=青柳奈美 装画=伊豫田晃一

『アナベル・リイ』
小池真理子
KADOKAWA

【第2位】
『残月記』

小田雅久仁
双葉社

【第3位】
『陽だまりの果て』

大濱普美子
国書刊行会

【第4位】
『フィッシャーマン いさびとの伝説』

ジョン・ランガン 著/植草昌実 訳
新紀元社

【第5位】
『幻妖能楽集』

波津彬子
KADOKAWA

 

 今年もまた〈怪奇幻想文学〉に属する新刊書籍は、なかなかの活況を呈していた。まあ「ブーム」と呼べるほどの実売が伴っているか否かは微妙なところだろうが、こと作品の質においては、文句のつけようがない良作に恵まれていたことは、間違いあるまい。

 とりわけ、小池真理子が久々に本格的な長篇怪奇小説の筆を執った話題作『アナベル・リイ』や、小田雅久仁の〈月〉を共通のテーマとする中短篇集『残月記』など、世界文学のレベルで見ても全く遜色のない、文句なしの年間ベスト級傑作が相次いだことは、大いに喧伝されて然るべきだろう。

 ポオの詩作品をタイトルに冠した小池作品は、非業の死後もなお打ち続く、世のことわりを超えた愛憐未練……という江戸期以来、伝統の怨霊譚のモチーフを濃厚に援用しつつ、至って現代的な趣向をも取り入れた意欲あふれる傑作である。英国と日本双方のゴースト・ストーリイの妙味を満喫させる趣向も、作者ならではといえよう。

 一方、幻想文学系以外の評者からも高い評価を受けた『残月記』、とりわけ集中の白眉たる「月景石」は、ちょいと山尾悠子を思わせる幻想の月世界を舞台に、異種族間の闘争や、世界樹幻想さながらの奔放な奇想が横溢して惹きつける。あらゆる事象が「言葉」のみで構築された異世界を舞台とする……という点でも、ひさびさに登場した硬派の幻想文学作品として注目に値しよう。

 今年度の泉鏡花文学賞を射止めた大濱普美子の短篇集『陽だまりの果て』もまた、文体の熟成度という点では、何ら瑕疵のない優れた作品集だった。かつて五木寛之と共に、鏡花賞選定の「柱」となって活躍した評論家の奥野健男が健在なりせば、大喜びで推奨したことだろう。「老い」をテーマに「言葉」のみで紡がれてゆく異世界の驚くべき姿よ。

 海外作品では、ジョン・ランガン(植草昌実訳)の長篇『フィッシャーマン いさびとの伝説』を挙げておこう。「釣り」をメイン・テーマとするモダンホラーというのは、ありそうで意外に少ないものだが、本書は神話的古代から現代に及ぶ、その妖しい歴史にも一部言及がなされており、貴重な作品である。ぜひ本書を、日本の読者に紹介したいという想いにあふれた、訳者の丁寧な翻訳ぶりも好感が持てる。

 5冊目は、漫画とエッセイの交響による、異色の能楽入門の書を。少女漫画の大家・波津彬子と能楽美術館学芸員・山内麻衣子の金沢コラボによる『幻妖能楽集』だ。お能の代表的演目から選りすぐられた作品が、波津の鮮麗なヴィジュアルで視覚化され、そこに簡にして要を得た山内の解説が施されてゆく。これ1冊で、凝縮された能楽入門にもなるという、お役立ち本である。日本的幻想文学の大いなる源流ともいうべき「能」の奥深い魅力を満喫できるだろう。

 惜しくもベスト5の選に漏れた中にも、興味深い良作が数多あった。その筆頭に挙げたいのが、『迷い家』でホラー大賞新人賞を受賞してデビューした山吹静吽の注目の受賞後第1作となる『夜の都』(KADOKAWA)だ。舞台は戦前とおぼしき日本。不思議な習俗の残る、この東洋の島国を訪れた英国人の少女ライラは、妖しい妖精伝承を伝える老婆クダン(!)に導かれるまま、その奥処へと誘い入れられてゆくが……。

 たまたま前後する時期に、久々の単著『クダン狩り』(白澤社)を上梓する奇縁となった評者としては、大いに興趣深く読んだ。

 山吹の描く〈妖精の王国〉の一原型が、1890年に来日したラフカディオ・ハーンこと小泉八雲の著作群にあることは紛れもないが、本書のヒロインであるライラとハーンとは、決してイコールではない。そのあたりの玄妙なる複雑さがまた、この物語に一層の奥行きを与えている気がする。造本も美麗!

 その八雲による不朽の名作『怪談』(KADOKAWA)が、芥川賞作家・円城塔の手で全訳された。すでに数ある翻訳群に、なぜまた屋上屋を架そうと円城は考えたのか。一読歴然、これは八雲と同じ欧米人の視点で訳された、初めての『怪談』なのである。読み進めるうち、目から鱗が落ちる思いに捉われたのは、私ばかりではあるまい。新たな八雲像を提起する、これはひとつの「実験」である。

 新たな実像を提起するのが、文学研究の本道であるとすれば、近世文学研究の碩学せきがく・杉本好伸が、これまで見落とされがちだった通称「イノモケ」の実像に迫る『吉祥院本「稲生いのう物怪録」──怪異譚の深層への廻廊』(三弥井書店)や、米国の学究コリン・ディッキーが怪談実話の意外な深奥に迫る『ゴーストランド──幽霊のいるアメリカ史』(熊井ひろ美訳/国書刊行会)も、今年の卓越した成果に掲げて然るべきだろう。こういう骨のある大著を、おばけずき諸賢にも、もっと読んでいただきたいと願ってやまない。

 今年は岡本綺堂の生誕150年、小川未明の生誕140年ということで、ゆかりの地で記念行事が相次いだ。私も、双葉社版『岡本綺堂 怪談文芸名作集』や白澤社の『江戸の残映 綺堂怪奇随筆選』、平凡社の『お住の霊 岡本綺堂怪異小品集』と、関連企画本3冊を世に出せたのは何よりだった。モダン・ホラーの元祖・綺堂に、この機会に、さらなる注目が集まることを、期待したい。