第44回小説推理新人賞を受賞した『人探し』が刊行された。歩き方で個人を特定する「歩容解析」のプログラムを開発した能勢恵にはある目的があった。それは、かつて自分の母親を殺し、自分を凌辱した男を探し出すこと。やがて、能勢はその男に辿りつくが……。
「小説推理」2024年2月号に掲載された書評家・大矢博子さんのレビューで『人探し』の読みどころをご紹介します。
■『人探し』遠藤秀紀 /大矢博子 [評]
歩き方で個人を特定する画期的な技術が犯罪捜査に貢献する。しかし開発者の目的は別にあった──。第44回小説推理新人賞受賞作が長編で登場!
科学技術は何のためにあるのか。
読みながらそれを深く考えさせられた。
能勢恵が開発した歩容解析システム「ラミダス」は、歩き方の特徴を解析することで個人を特定する技術だ。ある人物が歩いている動画があれば、それをもとに、防犯カメラなどに映った群衆の中からその人物を特定できるという機能を持つ。
大手鉄道会社の協力を得て、駅構内の映像から未解決だった凶悪事件の容疑者を探し出すことに成功した能勢。警察もその威力に驚き、信頼関係を築いていった。
しかし能勢が「ラミダス」を開発した真の理由は、まったく別のところにあった。彼女にはどうしても探し出して復讐したい人物がいたのだ──。
歩き方の些細な癖には、実際に犯罪捜査に使えるくらい個人を識別できる情報が含まれているのだという。それが可能になった世界ではこんなことができるのか、と、まずこの設定に引き込まれた。やや無理筋な部分はあるが、この魅力的な設定はそれすら忘れさせてくれる。いやあ、わくわくさせてくれる!
興味深いのは「ラミダス」が犯罪捜査だけでなく、警察の捜査対象にはならない行方不明者をも見つけ出すというエピソードだ。プライバシーの問題を横に置けば、生き別れの息子と再会できたなどの、いわば〈幸せな人探し〉に貢献できるのである。
一方、能勢の動機は復讐だ。その背景は実に壮絶で彼女の復讐心も理解はできる。しかし彼女がやろうとしていることは〈幸せな人探し〉とは対極にある。
そこで考えてしまうのだ。科学技術は何のためにあるのか、と。ある技術そのものに善悪はない。それをどう使うかで善悪が分かれる。たとえば包丁を料理に使うか、人を刺すかといったようなことだ。原子力はその最たるものだろう。使い方ひとつで、技術は凶器へ姿を変える。
科学の進歩とは、本来は人の幸せのためにあるのだと思う。しかし犯罪撲滅のためにプライバシーを犠牲にできるのか、容易に悪用できるのであればその防止策はどうするのかなど、技術の進歩とともに浮かび上がるさまざまな問題を、この物語は投げかけているのだ。
もちろん本筋の人探しも二転三転、意外な偶然もあって飽きさせない。受賞作の短編を長編化することで、よりドラマ性も増した。期待の新人登場だ。