動物の遺体に隠された進化の謎を追い、パンダの掌の骨がどのようにして竹をつかんでいるかを解明して“第七の指”の発見した遠藤秀紀氏が、大沢在昌氏をはじめ多くの人気作家を輩出した「小説推理新人賞」を受賞した。短編である受賞作「人探し」に加筆し、長編『人探し』として刊行されるのに際し、著者が作品にこめた思いなどを語った。

 

人間は、見えない自分を探してもがいてを繰り返して生きて、死んでいくもの。

 

──昨年、第44回小説推理新人賞を受賞された『人探し』がいよいよ刊行されます。今のお気持ちをお聞かせください。

 

遠藤秀紀(以下=遠藤):何よりもまず、感謝の気持ちでいっぱいです。新人賞を受賞した時にも感じたことなのですが、私が書く文章に可能性を感じてくださった方々がいたからこそ、こうして本になったのだと思います。

 

──その受賞作ですが、執筆のきっかけは?

 

遠藤:小説は、ずっと執筆していました。これまで梨の礫と言いますか、取るに足らないものをたくさん書いてきました。その中で、ミステリーは実はあまり書いてこなかったのですが、色々なものに挑戦してみたいと思い、応募しました。

 

──受賞作の内容はタイトル通り、「人探し」になっていますが、人を探すというテーマは以前からお持ちだったんでしょうか。

 

遠藤:はい、ちょっと大きなところからの話になりますが、人間誰しも、その一生というのは自分を探しているのではないでしょうか。そう表現しない方もいるかもしれません。私も日常はただ「一生懸命」生きているだけですが、やはり、見えない自分を何十年も「探して」、もがいていると思うのです。人間というのはそうしたことを繰り返して生きて、死んでいくのだ考えています。それがこの作品の第一歩でした。

 

──遠藤さんは、そうした思いを長い間お持ちだったと……。

 

遠藤:青春時代から、自分というものを意識するようになりますよね。例えば、15歳くらいで「自分は自分を探している」とは言わないと思いますけど、後から振り返ると「探していた」となる。おそらく皆さんそういう感覚はあるのではないでしょうか。

 

──ところで、遠藤さんは現在東京大学で教授をされていますが、どのようなことをされているのですか?

 

遠藤:一般には解剖学や動物学なんて言いますけど、動物の体の中身を見ていくことをやっています。

 

──そのようなことをされながら小説をお書きになったのですが、遠藤さんにとって小説とはどういうものでしょうか?

 

遠藤:(しばし黙考)これは答えになるかわかりませんが、人間を描くということですよね。「書く」というプロセスを通じて自分を見て、他人を見て、なぜ我々は生きているのだろうということを考えていく。それと、言葉というものを扱うことへの抑え難い嬉しさ、楽しさだと思います。

 

──小説推理新人賞は短編の賞です。今作の『人探し』は短編の「人探し」を長編化したものです。そうなった経緯をお聞かせください。

 

遠藤:それは、編集者に言われたからなのですが……(笑)。正直、新人賞に応募する時はこれ一作という心構えでしたから、長編にしませんかと提案された時は驚きました。色々な考え方があると思いますが、この作品に関しては受け入れやすかったと言いますか、そうおっしゃるなら取り組みますよという気持ちでした。

 

──実際に執筆されみていかがでしたか?

 

遠藤:苦しかったですよ、それは当然(笑)。どんな日本語であっても、私は苦しいと思わずに筆を執ったことはありません。でもその先に、なにものにも代え難い心地よさがありました。大げさに聞こえるかもしれませんが、日本語と闘いながら、日本語と戯れながら、自分が生きているということを実感した。そんな時間を過ごすことができました。

 

──小説では、歩き方で個人を特定する「ラミダス」と歩容解析プログラムが重要な位置を占めていますが、これを書こうとお考えになった経緯を教えてください。

 

遠藤:私は体の動かし方を研究しています。学者として、それが面白くてしょうがないのですが(笑)、普段から牛やら犬やらトカゲやらが「どうやって歩いているのだろうか」と考えながら解剖しています。その先に人間の歩き方があったということで、自分が興味を惹かれていることを書こうとしただけです。動物が陸上にあがって3億年以上歩いていますが、我々人間だけが500万年ぐらい前に2本足になりました。この間に色々な歩き方をしていたはずなんです。それを突き止めていく科学的好奇心、知的好奇心から書きました。

 

──「ラミダス」の描写はリアリティがありましたが、遠藤さんの研究とリンクするところはありましたか?

 

遠藤:ほぼないです。理論や理屈の部分では多少ありますが……。

 

──では遠藤さんの想像の産物と言いますか……。

 

遠藤:実は私、背中にヘソがついてまして(笑)、目の前に起きていることをそのまま物語にしようとは全く思いません。解剖学や大学を、そのまま小説に書こうとも思いません。

 

──また、鉄道も小説内で印象的な場面に登場します。

 

遠藤:鉄道が好きなんです(笑)。鉄道って150円で初乗りができて、それが2万キロも線路が繋がっていることがすごいですよね。規模の大きなシステムの例に、原発やダムがあると思いますが、鉄道は日常生活の重要な部分を占めているにも拘わらず150円でスタートできる(笑)、民主主義の象徴のような技術ではないでしょうか。私は車両そのものが好きでして、中身がどうなっているのかって考えることは、解剖と同じなんです。モーターがどうなっているのかなって(笑)。

 

──『人探し』は、主人公にかつて筆舌に尽くし難い行いをした男を探し出すことから始まりました。この物語の読みどころをお聞かせください。

 

遠藤:ミステリーなのであまり多くはお話しできませんが、先ほど言ったように、人間の一生は自分探しだと思います。主人公に果たしてそれができたのかどうか。結末までじっくり見ていただければ嬉しいです。