中間管理職のポストに就き、上司や後輩、同期の板挟みにもがく女性や、仕事は評価されているが家庭では違った一面を持つ営業マン、育休明けの元上司を「助ける」ムードに違和感を持つ人間。会社は仕事をする場所ではあるものの、それだけではうまくいかない──それらを丁寧な描写で紡ぐ連作短編集『明日も会社にいかなくちゃ』が刊行された。本作の執筆の背景や、物語に込めた思いを著者のこざわたまこさんにうかがった。
自分の思う美しさの条件に「でも、無駄である」っていうのがあるんです。
──「web本の雑誌」掲載のインタビューでは、本作について「関係性の話」と触れられていました。会社の中だけでなく、会社の外だからこそ出来上がる関係性についても書かれています。収録六作のうち、とくに思い入れのある「関係性」はどれでしょう。理由もあわせて教えて下さい。
こざわ:三話の「エールはいらない」に出てくる沙也と仁美の関係です。沙也は育休から復帰した元上司・仁美との関係に悩んでいる人物ですが、一話の冒頭では、若干難ありなキャラクターとして登場します。悪い子じゃないけど、一緒の職場にいたら波紋を呼びそうだなあ、という子。そういう人物を主人公にして話を作ろうと思った時に、対になるのは、この子がいちばん苦手そうな年上の女の人だな、と思って。
決して相性がよくなくても、立場の異なる嫌いな相手でも、共闘できる瞬間はある、ということを描きたいなと思って、この二人を登場させました。一話の「走れ、中間管理職」で、ひとつの関係性の破綻と終わりを書いているんですが、その分こちらは祈りを込めて、こういう形の結末になりました。
今回読み返してみて、やっぱりこの二人はいいなと思って。単行本の時に物語の終盤で出したとある結論から、文庫ではもう一歩踏み込んで書くことができました。こちらも少しだけ加筆を加えているので、単行本で既読という方にも、ぜひ読んでいただきたいです。
──以前、執筆時は書きたいシーンがまず浮かぶ、と仰ってました。本作で特に印象に残っているシーンを教えて下さい。
こざわ:シーン先行で書いたのは、二話「スポットライト」のラストです。これは主人公の内野が、ひょんなことから会社の送別会の出し物でダンスを披露することになって……、という話なんですが。努力の成果を披露するのに、いちばんふさわしくないシチュエーションはどのタイミングで、どういう場所だろうと考えた時に、このシーンが思い浮かびました。自分の思う美しさの条件に「でも、無駄である」っていうのがあるんですが、そういう意味でもここは美しいシーンになったと思うし、書いていても楽しかったです。
──本書はどんな境遇にいる人やどんな思いになっている人におすすめでしょうか?
こざわ:フィクションで、スカッとするようなお仕事ものを摂取するのがキツいな、っていう境遇の方に読んでもらいたいな、と思っています。そんな人、いるかなって感じですが(笑)。会社勤めの人に限らず、あらゆる環境で、もうちょっとだけがんばってみようかなとか、状況をよくしようとか、今はそんなこと考える気にもなれないんだっていう人は、わりといるんじゃないかなと思うんですね。物語に前向きなメッセージが込められていること自体しんどい、みたいな。
私の書く小説は、そういう人たちの環境を直接的によくしたり、背中を押したりすることはできないけど、よりよくしようとか今は思えなくて全然いいし、そういう風に思えない時ってふつうにあるよねってことを、小説の中で書きたいなと思っています。その人たちの状況が、何かのタイミングでほんの少しだけよくなって、じゃあ小説でも読んでみようかなって思えた時に、この本を手に取ってもらえたら。
それから、自分の労働環境はそこまでブラックでもないし、自殺したいなって思うほどでもない。だから自分なんかが仕事がつらいとかは言えないし、言っちゃいけないなって思ってる人にも届いたらいいなと思っています。言っちゃいけないわけはないので。
──今後の執筆活動について教えて下さい。こういうものを書いていきたい、このテーマに関心がある等々お聞かせ下さい。
こざわ:今は、過去に連載していたものを全面改稿していて、女と女の巨大感情を書いています。片方は俳優を目指している女性で、もう片方は小説家志望の女性という設定なんですけど。今まで短編集や連作短編という形でしか本を出せていないので、初の長編作品として、この話を最後まで書き上げたいです。
他にも、書いてみたいなと思う物語はたくさんあります。明るい話とは違うかもしれないですが、今まで書いてきたものよりももう少し軽いタッチで、ちょっと毒っ気のあるポップな小説が書いてみたいです。自分のことをこれっぽっちも悪いと思っていない女の人が主人公で。それから、めちゃくちゃ清々しい性格の女の人と、めちゃくちゃめんどくさい性格の男の人の組み合わせで、男女の友情ものが書きたいな、というのを最近よく考えます。男女の友情はありかなしか? 議論をその人たちにぶった斬ってもらいたい(笑)。大人の恋愛小説を書いてみたいなーという気持ちもあるし、ページを捲るごとに、ただただ状況が悪くなっていくようなサスペンスも書きたいし。デビュー作で書いたような、家族や故郷に縛られた人たちの話も、もう一度しっかり書いてみたいです。書きたいものはたくさんあるんですが、まずは今取り組んでいる長編を書き切ってからかなあ、と思っています。
【あらすじ】
仕事ができない私は欠陥人間なの? 人生の一番が仕事でないのはいけないこと? 注目作家が贈る現代人のための新しいお仕事小説! 断れない性格が災いとなって中間管理職になった優紀。総務課の人間関係のもつれを解すべく奔走していたが──。(「走れ、中間管理職」) ほか全六篇を収録。疲れた心に寄り添ってくれる連作短編集。
こざわたまこプロフィール
1986年福島県生まれ。2012年「僕の災い」で第11回「女による女のためのR‐18文学賞」読者賞を受賞。同作を収録した『負け逃げ』でデビュー。著書に『君には、言えない』『教室のゴルディロックスゾーン 』。