中間管理職のポストに就き、上司や後輩、同期の板挟みにもがく女性や、仕事は評価されているが家庭では違った一面を持つ営業マン、育休明けの元上司を「助ける」ムードに違和感を持つ人間。会社は仕事をする場所ではあるものの、それだけではうまくいかない──それらを丁寧な描写で紡ぐ連作短編集『明日も仕事にいかなくちゃ』が刊行された。本作の執筆の背景や、物語に込めた思いを著者のこざわたまこさんにうかがった。
私たちは大なり小なり労働にアイデンティティを仮託していると思うんです。
──本作は2018年に刊行された『仕事は2番』の文庫化です。「小説推理」の連載を経ていたので、執筆は2017年でした。当時、作品に込めた思いや制作の背景を教えて下さい。
こざわたまこ(以下=こざわ):作品の背景として、当時は自分も会社員をしていたことが大きいです。同僚や職場環境的には恵まれていたと思うんですけど、それでもやっぱりしんどい時期はあって。お仕事小説と呼ばれているものが、まったく読めなくなってしまった時期がありました。半沢直樹フィーバーで、池井戸潤先生の本が書店に平積みされているのすらキツかったです(笑)。倍返し、ふつうの人はできないじゃないですか。労働のつらさを労働によって解決するプロセスを、フィクションで見たくない、と思っちゃったんですね。
自分がそうだったから余計に思うんですが、どうしようもなく仕事がつらい時って、仕事を2番にする余裕はないんですよね。脳のキャパシティが仕事でいっぱいになってしまって、どうしても生活のいちばんにせざるを得ない。そういうギリギリの状況で、仕事だけが人生じゃないさ、仕事は2番でやっていこうよ、みたいなことを言われても、「うるせぇ、きれいごと言ってんじゃね〜!」って思っちゃう(笑)。
でも、誰かの言った「きれいごと」に反射でイライラしてしまうほど心が削られている状況って、やっぱりちょっと違うんじゃないかな、とも思うんです。現実はこうだからとか、言い訳しても仕方ないとか、そういうの全部とっぱらって、本当はどうしたい? って聞かれたら、ほんとはちゃんと定時に帰りたいですとか嫌味な上司にガツンと言い返してやりたいとか、これが叶ったら自分の労働環境がちょっとよくなるはずなのに、みたいな願いは、誰しも持っているはず。そういう願いを物語の中で、なるべく「きれいごと」に聞こえない範囲で実現させたいな、という思いを込めて、この小説を書きました。
──文庫化にあたり、加筆・修正された部分もありますが、もっとも意識された部分はどこでしょうか。
こざわ:いちばんは、作中に出てくるセクハラやパワハラといった言葉の扱い方についてです。例えば二話「スポットライト」の主人公・内野は、自分が周囲からハラスメントをしたと思われることに怯えている人間です(自分がハラスメントをしていることではなく、周囲からそう思われることに怯えている、というのがポイントです)。
執筆当初は、まだまだこういう人っているよね、という気持ちで書いていました。当時は過渡期だったこともあって、「ハラスメントは許されない」という言葉が、自分の周囲ではそこまで現実味を持って捉えられていないような空気があったんですね。報道やSNSでそういう言葉を見かけても、ちょっと鼻白んでしまうというか。現実は全然追いついてないのにな、という気持ちになっていました。許されないとか言ってるけど、まだまだ余裕で許されてるじゃん、という。
そんな風に、理想と現実がチグハグになっていることを、小説の中でどう扱えばいいのか自分でもよくわかっていなかったんです。結果的に、あんまり筋がよくない形でセクハラやパワハラという言葉を作品に持ち込んでいたし、それらを容認しているような表現になってしまっているなと感じました。
かと言って、内野の性格や考え方を丸々変えてしまうのは違うなと思って。内野は自分の年齢や性別、持っているパワーに無自覚な人間ではありますが、その一方で、ある程度の善良さも持ち合わせている人間です。少なくとも、自分より弱い立場の人間をすすんで傷つけたいとは思っていない。何かに鈍感であることと、善良であることは両立すると思うので、どちらの描写にも矛盾のないよう、気をつけました。加筆部分では、彼なりに周囲の人間の言葉を受け止めて、「これってどういうことなんだろう?」と考え始める、そういうシーンを加えています。
──「お仕事小説」と言うには、登場人物の熱意は控えめの印象で、仕事ひとすじというわけではありません。その点も非常にリアリティがあるなと感じますが、意識されていたのでしょうか。
こざわ:仕事ひとすじで熱意の高いキャラクターは、自分よりもっと魅力的に書ける方がたくさんいるだろうなと思って、早々に諦めました(笑)。でも、どんなに仕事ひとすじじゃなくても、職場で「仕事ができないやつ」という扱いを受けたり、そのことで周囲から軽んじられたりしたら、心がつらくなってしまう瞬間ってあると思うんですね。それって多分、私たちは大なり小なり労働にアイデンティティを仮託しているからだと思うんです。
逆に周囲から見て、これだけ仕事ができたら人生イージーモードだろうなって思われている人が、そうじゃない部分では全然満たされていなかったり(四話「親子の条件」の主人公・慎太郎はそういう人物です)、普段は仕事なんか好きじゃない、給料さえ貰えたらそれでいいんだって思ってるような人物が、ある瞬間では誇りを持って自分の職務を果たそうとしていたり。そういう側面が書きたくて、こういった描き方になりました。
(後編)に続きます
【あらすじ】
仕事ができない私は欠陥人間なの? 人生の一番が仕事でないのはいけないこと? 注目作家が送る現代人のための新しいお仕事小説! 断れない性格が災いとなって中間管理職になった優紀。総務課の人間関係のもつれを解すべく奔走していたが──。(「走れ、中間管理職」) ほか全六篇を収録。疲れた心に寄り添ってくれる連作短編集。
こざわたまこプロフィール
1986年福島県生まれ。2012年「僕の災い」で第11回「女による女のためのR‐18文学賞」読者賞を受賞。同作を収録した『負け逃げ』でデビュー。著書に『君には、言えない』『教室のゴルディロックスゾーン 』。