映像化し話題となった『ぼぎわんが、来る』をはじめとし、数々のホラー小説や怪談を世に送り出している澤村伊智氏。今年、澤村氏による2作のミステリー作品『アウターQ  弱小webマガジンの事件簿』『うるはしみにくし あなたのともだち』が文庫で双葉社より刊行された。ホラーだけでない澤村作品の魅力を書評家・若林踏さんによるインタビューでお届けします。

取材・文=若林踏

 

本書で描かれている事はメディアの関係者に限らず、誰の身にも起こり得るものである。

 

──澤村さんは6月に刊行された文庫『アウターQ 弱小webマガジンの事件簿』以前にもミステリーの要素を兼ね備えたホラー小説を書いていますが、この作品については元より「ミステリーに挑戦しよう」という思いがあって書かれたものなのでしょうか?

 

澤村伊智(以下=澤村):いえ、ミステリーを書こうと思って書き始めたわけではなかったです。最初に編集部と打ち合わせをした時には「連作短編を書く」と決まっただけで、特に書いてほしいジャンルの要望などはありませんでした。連作集としての全体的な構想も単行本化に向けた改稿の段階で加えたものです。

 

──第一話「笑う露死獣」では、公園に残された謎の呪文を巡る話です。読んでいくと途中でミステリー小説における“ある趣向”が出てくるんですが、これも先ほどのお話によれば、当初この“趣向”を書く意図は無かったということでしょうか?

 

澤村:そうですね。第一話は結末から遡って考えた時に“あの趣向”を取り入れる必要があると思ったんです。「笑う露死獣」に限らず他の作品でもそうですが、最初に思い付いた設定から逆算して物語を構築するのに必要な要素を集める、という書き方をすることが多いです。

 

──三話目の「飛ぶストーカーと叫ぶアイドル」は一種の不可能犯罪を描いた、収録作の中で最も濃い謎解き小説です。

 

澤村:この作品は「“アイドル”と“密室状況”を掛け合わせてみよう」と思って書いたものです。本書の収録作の中でミステリーとしてのコンセプトありきで書いたのは「飛ぶストーカーと叫ぶアイドル」くらいですね。

 

──本作は犯行方法の謎に焦点を当てた、いわゆるハウダニット小説です。こういうトリックを主眼としたミステリー小説を澤村さんが書いたのはちょっと意外に感じました。

 

澤村:いち読者としてはミステリー小説で描かれるトリックについて、それほど強い思い入れはありません。例えば天藤真さんの『大誘拐』や『遠きに目ありて』などは大好きなミステリー作品ですが、肝心のトリックをすぐ思い出せないことが多いんですよね(笑)。ミステリーを読んでいても、トリックより小説全体として面白いかどうかというところに目が行きがちなので。「飛ぶストーカーと叫ぶアイドル」もトリックを思いついたから書いた訳ではなく、状況設定から逆算して物語を作った時に、ああいうトリックを描く必要が出てきたから書いたんです。先ほどの「笑う露死獣」でお話ししたことと重なりますが、「トリックを書きたい」ということではなく「物語を面白くするために必要な要素だから書いた」ということです。

 

──とはいえ、本格的なハウダニット小説を書くにあたっては苦労した点も多いのではないでしょうか?

 

澤村:はい、確かにこの作品についてはかなり苦しんで書いた記憶があります。あまりにも原稿が進まず、ギリギリまで当時の担当編集者を待たせてしまって……。本作で第四話以降も登場する練馬ねりという地下アイドルが出てきますが、これも切羽詰まって数秒で思いついたキャラクターなんです。

 

──ええっ、そうなんですか? 私としては非常に印象深いキャラクターである感じたのですが。

 

澤村:本当ですか? 「ずっと飲んだくれている地底アイドルなんて、設定として分かりやすくて良いな」と思って書いただけだったのですが……。でも、理屈をこねくり回さず直感的に作ったからこそ、逆にインパクトのあるキャラクターになったのかもしれませんね。

 

──本書では様々なミステリーの趣向が使われていて、その多彩さが一つの目玉になっていると思います。例えば五編目の「見つめるユリエさん」は、一種の捜査小説としても楽しめる作品です。

 

澤村:これは謎を追っていく過程でいかに楽しませるか、という事を目指した作品です。ミステリーを読んでいると、調査の過程でふらっと現れた親切な人が重要な証言をして、真相へ導いてくれる展開がありますよね。ああいう場面に出くわすと、つい嬉しくなってしまうんです。「世の中には優しい人もいるんだな。人間っていいな」って(笑)。それはともかく、そういう捜査のプロセスで読ませる小説を書いてみた、というのが「見つめるユリエさん」です。

 

──単行本時に書き下ろしで加えられた最終話「涙する地獄屋敷」まで通して読むと、Webマガジンのライターという主人公の設定を含め、連作短編として実に無駄のない構成を持った作品である事が分かります。

 

澤村:短編集の場合、個々の作品の完成度はもちろん一つのパッケージとして見た時に纏まりの良いものになっているのか、という点は気にしています。本作については、その点に神経を使ったため改稿にだいぶ時間をかけてしまい、単行本化するのが遅くなってしまったのですが……。その反省もあって、今はなるべくプロットを綿密に立ててから執筆するようにしています。

 

──『アウターQ』はWebライターが主人公ということもあって、“書くこと”について思いを巡らせる小説もあると思います。澤村さんは編集者・ライターとして活動された経験もあるので、ご自身が体験された事も反映されている部分はあるのではないかと思います。

 

澤村:私自身は本書の主人公と違って取材を主体としたWebライターの経験はあまり無いのですが、確かに編集者・ライターとしてメディアに携わった事が少なからず影響しているところはあると思います。ただ、本書で描かれている事はメディアの関係者に限らず、誰の身にも起こり得るものであると考えています。

 

(後編)は『うるはしみにくし あなたもともだち』の執筆秘話についてお話を伺います!

 

【あらすじ】『アウターQ  弱小webマガジンの事件簿』 
癖者揃いの娯楽系ウェブマガジン『アウターQ』編集部。新人ライター湾沢陸男は、小学生の頃によく遊んだ公園の落書きを調査することに。最後に〈露死獣〉と書かれた意味不明な落書きを、当時の子供たちは解読しようと夢中になった。取材を進めるうち、湾沢は「二十歳までこの呪文を覚えていると〈露死獣〉に殺される」との説を唱えた旧友が亡くなっていたことを知り……。「笑う露死獣」を含む全七編を収録した連作短編集。

 

【あらすじ】『うるはしみにくし あなたのともだち』
四ツ角高校三年二組で一番美しく人気もあった生徒・更紗が突如自殺する。遺書もなくいじめがあったわけでもない。しかし彼女の死をきっかけにクラスの女生徒が見えない力によって次々と容姿を傷付けられていく。担任の小谷舞香はこの異変の真相を探るうちに、地域につたわる「ユアフレンド」という他社の見た目を変えられるおまじないの存在を知り、犯人を突き止めようとするが……。

 

澤村伊智(さわむら・いち)プロフィール
1979年、大阪府生まれ。東京都在住。2015年に「ぼぎわんが、来る」(受賞時タイトル「ぼぎわん」)で第22回ホラー小説大賞大賞を受賞しデビュー。2019年「学校は死の匂い」で、第72回日本推理作家協会賞短編部門受賞。『邪教の子』『怖ガラセ屋サン』『怪談小説という名の小説怪談』『ばくうどの悪夢』など著書多数。