なぜ中学3年生の少女は同級生を刺殺したのか。供述を二転三転させる少女の本当の動機とは。「罪を犯した人間が更生するとはどういうことだろうか」という著者の疑問から構想されたミステリー。
「小説推理」2023年8月号に掲載された書評家・大矢博子さんのレビューで『この限りある世界で』の読みどころをご紹介します。
■『この限りある世界で』小林由香 /大矢博子[評]
「私の本当の犯行動機を見つけてください」──同級生を刺殺した少女は、面接員にこう告げた。悲しみの連鎖を描く、渾身のヒューマンミステリ。
15歳の少女が学校で同級生を刺殺。加害少女は小説の新人賞に応募するも最終選考で落ちたことが哀しいので人を殺す、と小説投稿サイトのプロフィールに書き残していた。投稿されたその小説について、受賞作よりいいという評判がSNSで広がる。それは受賞者への誹謗へ変わり、追い詰められた受賞者は「受賞して申し訳ない」と書き遺して自死した。
その後、加害少女は動機を二転三転させる。そして少年院で収容者の社会復帰を手助けする篤志面接委員に「私の本当の犯行動機を見つけてください」と告げた。自分で供述したのでは意味がない、と言うのだが……。
彼女を犯行に導いたものは何だったのか、面接委員は弁護士や彼女の父親、クラスメートなどに話を聞き始める。
少女の挑発ともとれるような謎めいた言動に加え、少しずつ明らかになる背景や、終盤に明らかになる驚きの事実(アンフェアにならないよう、このレビューもとても表現に気を使って書いている)など、ミステリとしての読み応えは充分だ。だが本書の核はミステリの仕掛けやサプライズだけにあるものではない。
帯には「赦しと再生のミステリー」とあるが、私はむしろ本書を悲しい連鎖の物語として読んだ。
加害少女が起こした事件で、ネットは無責任に煽り、無関係のはずの新人作家が命を絶った。その作家の担当編集者は、もっと優秀な編集者が担当だったらこんなことにはならなかったのではと自分を責め、会社を辞めた。被害者にいじめられていた級友は複雑な思いの中にいる。
事件は被害者と加害者で完結するものではない。加害者の意図にかかわらず、2次的、3次的に影響を受ける人が必ず出るのだ。また、影響を受ける側もそれぞれ事情を持っている。そんなさまざまな連鎖が物語の中で浮き彫りになっていく。堰き止めていたものがほとばしるような、クライマックスの面接員と加害少女の会話は圧巻だ。
動機探しのミステリであることは間違いないが、これは取り返しのつかない事態に陥った人々が、それでも何かを取り返そうと足掻く物語でもあるのだ。自分のできることには限りがある。それでも手の届く範囲で、この限りある世界の中で、見つけ出せるものはきっとあるはずなのだとこの物語は強く訴えかけてくるのである。事件が悲しい連鎖を生むということは、救いもまた、連鎖するはずなのだから。そう信じたい。