犯罪の裏に潜む人間の胸の内を深くえぐってきた小林由香。そんな著者が新作ミステリー『この限りある世界で』で描くのは、少年院などの矯正施設で、収容された未成年者の更生を助ける篤志面接委員。未成年者が罪を犯すニュースが世間の耳目を集める中、この小説に託した思いを聞いた。
■復讐の物語を書いても虚しさが残るのはなぜだろうと考え続けていました
──『この限りある世界で』は、書き下ろしの長編ミステリーですが、中学生が同級生を殺害したというショッキングな場面から始まります。どのようなお考えで本作を構想したのでしょうか。
小林由香(以下=小林):以前から罪を犯した子どもたちに寄り添う大人の姿を描いてみたいと思っていました。その中でも篤志面接委員という方々に感銘を受け、この物語を構想しました。
──その篤志面接委員ですが、ご興味をもたれたきっかけはどのようなものだったのでしょうか。
小林:少年院に関心があり、詳しく調べていくうちに、篤志面接委員という方の存在を知りました。施設の職員ではなく、民間のボランティアというところに興味を持ちました。院生と篤志面接委員の個別面接を通して、ふたりだけにしかわからない心の交流が描けるのではないかと思いました。
──実際にお書きになってみていかがでしたか。
小林:凶悪な事件が発生したとき、「犯罪者を二度と社会に戻すな」という声が上がります。それは少年事件でも同じです。その一方で、子どもたちは更生できると信じている人もいます。この作品はそのような異なる価値観を持つ人たちが巡り合う物語です。正しい答えはわからないけれど、今作では登場人物たちが苦しみながらも問題に対してどのように折り合いをつけ、再びどのように一歩を踏み出したのかを描けたのではないかと思っています。
──本作では、小説の新人賞にまつわる出来事が物語を展開するきっかけになっています。こちらを取り上げた意図はどのようなものだったのでしょうか。
小林:小説家になる前は、物語を書くことがただ楽しくてしかたなかったけれど、デビュー後は書くことに対して責任を感じることが多くなりました。小説は誰かを楽しませることもできれば、傷つけることもあるからです。著者にそのつもりはなくても、読者の方が不快に感じてしまうこともあるのではないかと。自分自身、苦しんだ時期があったので、新人賞にまつわる物語を書きたいという思いがありました。
──ということは、これまで小林さんが興味を持たれたり、実際に小説をお書きになって感じたことをミステリーに落とし込んだわけですが、執筆されて難しかったことはございましたか。
小林:この作品を書きながら、復讐の物語を書いても虚しさが残るのはなぜだろうと考え続けていました。もしかしたら、傷ついた人々が本当に求めているものは、どれほど苦しんだのか、哀しかったのか、それを理解してほしいという気持ちなのかもしれませんね。けれど、相手に理解してもらうのは非常に難しい。ならばどうすればいいのか、とても悩みました。書き進めていくうちに、そのヒントは対話にあるのかもしれないと気づきました。だから被害者、加害者、傍観者が対話をする物語にたどり着いたのかもしれません。
──本作を通じて、読者に伝えたいことなどがございましたら教えていただけますか。
小林:最初は更生をテーマにしましたが、物語を書いていく中で、何をもって更生したといえるのかわからなくなりました。本当に更生したかどうかは、加害者が生涯を終える日まで誰にもわからない。その結論に行き着いたとき、小説にできることは登場人物たちがどのような選択をし、どう生きてきたのかを大切に描くことだけだと気づきました。この物語の登場人物たちの葛藤と決断を、一緒に見届けていただけたらとても嬉しく思います。
【あらすじ】
15歳の少女が同級生に刺殺された。加害者の少女は、ある新人文学賞の最終選考で落選し、哀しくなったので殺したと供述。さらに、その新人文学賞を受賞した作家が自殺。遺書には、新人賞を受賞して申し訳ないと書かれていた。その後、加害少女は犯行の動機を二転三転させ、少年院にやってきた篤志面接委員(少年院などの矯正施設に収容されている者の更生と社会復帰を手助けする民間ボランティア)に「本当の犯行動機を見つけてください」と告げる。『ジャッジメント』で鮮烈なデビューを果たした著者が描く、赦しと再生のミステリー。
小林由香(コバヤシ・ユカ)プロフィール
数々のシナリオ賞受賞ののち、2011年、短編「ジャッジメント」で第33回小説推理新人賞を受賞。16年、「サイレン」で第69回日本推理作家協会賞短編部門候補、17年、連作短編集『ジャッジメント』がキノベス!の第8位に選出される。著書に『罪人が祈るとき』『イノセンス』『チグリジアの雨』『まだ人を殺していません』など。