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女による女のためのR-18文学賞大賞受賞作を収録した『甘いお菓子は食べません』で、40代女性の心の澱を描き出し、同世代の読者から圧倒的な支持を集めた田中兆子氏。その後、出産をめぐる男女間の壁を打ち破ってみせた『徴産制』でSense of Gender賞大賞を受賞するなど、確かな手応えのある作品を生み出している著者の最新刊が刊行された。51歳の会社員女性と70歳の素封家男性の出会いから始まる小説『今日の花を摘む』は、二人の恋愛の行く末を描きながら、作者自身も想像していなかったという物語展開を迎える。執筆の背景を語ってもらった。

撮影=下林彩子

 

■年をとって体験した恋愛から得るものは、若い人以上に大きい。

 

――愉里子は51歳、万江島は70歳という設定です。この年代の男女の性愛を描くにあたり、加齢による身体的変化がもたらす事情について、ここまでリアルに掘り下げている小説はなかなかないように思います。

 

田中:かなりキワドイこと、書きましたね。でも今回は、加齢の変化そのものよりも、愛する人やパートナーがもしそうなったときにどのように対応したらいいのだろう、ということを重視して書きました。若い人が読めば、これからこういう変化があるのだなという予備知識になるかもしれませんし、中年以上の人が読めば、みんな言わないだけで同じように悩んでるんだな、と思ってもらえるかもしれません。

 

――二人の恋愛模様と並行して、愉里子にまつわる様々な事柄が重層的に描かれていて、この社会をまさに「生きている」50代女性として映りました。

 

田中:この作品では、恋愛だけでなく、50代女性が抱えている問題についても書いています。主人公やその周囲の50代女性を通して、更年期による心身の不調、親の介護、子どもの教育費、女友達とのいざこざ、昇進問題、部下の教育、自分や夫の定年後の生活などなど。50代女性の生き方についての小説でもあります。例えば、ずっと仲の良かった女友達と意見が合わなくなったとき、距離を置くか踏みとどまるかは、相手に対する好意だけでなく人として尊敬の念があるかどうかも関係しているのではないか、ということを書いてみました。

 

――厭らしさのない素封家であり、お茶の嗜み方についても自由な発想を持ち、常に清潔感の漂う万江島です。この老年男性の造型について、田中さんが特に意識したことがあれば教えて下さい。

 

田中:篠田節子さんの小説『セカンドチャンス』の中に「中年を過ぎた女にとって、『オトコ』を前面に押し出す中年男など気持ちが悪いだけだ」という名言があります。篠田さんは、中年女性を惹きつける要素に性的魅力やフェロモンではなく「性格の良さ」を挙げていらっしゃいますが、私はそこに「含羞」を付け加えたいと思いました。その理由? うーん……男の人って女性に対して、やさしい振りをしたり誠実な人である振りをすることはできても、含羞のある振りはできないと思うんですよね。そもそもそんなことをする人はまずいないし、ものすごく難しい。そこに、何かポイントがあるような気がします。

 

――愉里子の親友として、高校時代からの友人である留都、会社の同期である森潤子(通称・モリジュン)が登場します。それぞれの造型について、また愉里子との関係性について、田中さんが描きたかったこととは?

 

田中:恋愛小説の女性主人公には、何でも相談できる親友がいるというのが一つのパターンです。でも、そんな友人がいる人は意外と少ないように思いますし、たとえ若い頃はそうしていても、友人が仕事や介護で忙しかったり、こちらの恋バナなど聞きたくないようだったら遠慮するのが大人の配慮であり、どんなことでも人に相談せず最後は自分で決めるという女性も多いのではないでしょうか。愉里子は、親しい友人に何でもかんでも話はしませんが、彼女たちとつきあうことによって生きる力を得ています。そういう女の友情を描きたかったのです。 

 

――作品の終盤、愉里子の会社でのセクハラ問題が浮上します。この展開は意外でした。

 

田中:これはまさに長期連載のなせる技で、最初のプロットには無かったのです。しかし、セクハラが社会問題として取り上げられることが増え、ハラスメント対策に関する複数の法律が改正、施行されたことを見聞しているうちに、「セクハラ」という言葉すらなかった時代を生きてきた私たち中高年女性ができることは何だろう、と考えたのです。

 

――ネタバレになるので詳しく触れることはできないのですが、愉里子と万江島が取った最後の選択について、田中さんのどんな思いが込められているのでしょうか。

 

田中:孤独とどのようにつきあうか、というのは年齢を重ねるほど大事なことではないかと思います。

 

――最後に、読者の方々へのメッセージをお願いします。

 

田中:大人は恋愛だけに悩めるほどヒマじゃない。恋愛する時間や気持ちの余裕などまったくない人もいますし、小説の中には、もう恋愛なんか興味がないという50代女性も出てきます。そもそも、一生恋愛なんかしなくてもいいと思っている若い人が増えています。それでも、大人の恋愛小説を書いたのは、年をとって体験した恋愛から得るものは、もしかしたら若い人以上に大きいということを知っているからかもしれません。年をとっても人生は楽しい、のです。

 

【あらすじ】
私の趣味は、男性との肉体を伴ったかりそめの恋。それを、ひそかに「花摘み」と呼んでいる――。
出版社に勤めるかたわら茶道を嗜む愉里子は、一見地味な51歳の独身女性。だが人生を折り返した今、「今日が一番若い」と日々を謳歌するように花摘みを愉しんでいた。そんな愉里子の前に初めて、恋の終わりを怖れさせる男が現れた。茶の湯の粋人、70歳の万江島だ。だが彼には、ある秘密があった……。

 

田中兆子(たなか・ちょうこ) プロフィール
1964年富山県生まれ。2011年、短編「べしみ」で第10回「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞する。14年、同作を含む連作短編集『甘いお菓子は食べません』でデビュー。18年『徴産制』で第18回Sense of Gender賞大賞を受賞。その他の著書に、『劇団42歳♂』『私のことならほっといて』『あとを継ぐひと』がある。