「居酒屋ぜんや」「江戸彩り見立て帖」シリーズなど、人情味あふれる時代小説の名手・坂井希久子氏は、現代人が直面する苦悩と希望を紡ぐ現代小説も見逃せない。新作『華ざかりの三重奏』は、令和時代を生きる60歳の女性をテーマに描いた還暦小説だ。定年退職を迎えた独身の可南子、育児と介護に明け暮れた専業主婦の芳美、夫と死別して息子家族と同居中の香織、熟年離婚の危機が迫る桜井……など、様々な60歳がこれからの生き方を模索する。
「小説推理」2023年6月号に掲載された書評家・藤田香織さんのレビューで『華ざかりの三重奏』の読みどころをご紹介します。
■『華ざかりの三重奏』坂井希久子 /藤田香織[評]
夢と現実の絶妙なバランス!
「いつか私も!」と願わずにはいられない、女3人の「ひとつ屋根の下」物語
「ねぇいつか、一緒に住めたら楽しいと思わない?」
非現実的な話だとは承知の上で、友人とそんなふうに盛り上がった経験がある、という人は案外多いのではないだろうか。夫でもなく娘や息子との同居でもなく、自立した気の合う友人と、好きな時間に寝起きして、好きなものを食べ、好きなことを好きなようにして毎日を過ごす。「老後」をそんなふうに過ごせたら、どんなにいいだろう。
本書はそうした意味で、垂涎の物語ともいえる。
男女雇用機会均等法第一世代として我武者羅にアパレル業界で働いてきた竹下可南子は、60歳を目前にした同窓会で中学時代「一番の友達」だった西村芳美と再会。成り行きで、芳美の自宅に泊まったことを機に、定年後、都心のマンションを引き払い群馬県にある芳美の家で同居することになった。芳美が住んでいるのは広い庭付き一軒家で、夫は既に亡く、娘と息子は独立して他県で暮らしているため、可南子が移り住んでも息苦しさとは無縁だった。
生活ペースの違いにはなるべく干渉せず、ほど良い大人の距離感を保った共同生活の中心になるのは、ふたりが中学時代夢中になった「少女漫画」。芳美は和室を2部屋ぶち抜きヴィクトリアンスタイルに改装し壁一面の本棚を作りつけ、新旧の少女漫画をずらりと並べていたのだ。「よっさん」「タケコ」と昔のあだなで呼び合い、猫脚のソファに寝ころんで、萩尾望都や竹宮惠子を読み返す。愛してやまなかった作品の復活に胸を躍らせ、些細なことで一緒に沸ける。それはもう、楽しくないはずはない。
となれば、そんな天国生活はどうせ長く続かないんでしょ? と予想してしまうかもしれないが、これが実に巧いのだ。もちろん、問題は多々起きる。可南子にも芳美にも家族との確執がある。ふとしたきっかけで近所に住む不登校の中学生男子とヤギも通ってくることになる。口出しも手出しもしたくなるし、キャリアウーマンだった可南子と専業主婦で舅姑も看取ってきた芳美では、物の考え方も生活上の価値観も違う。病気になったらどうする? 要介護になったら? 残された時間とお金の悩みも尽きない。更にそこへ、同居している息子家族の家に居づらいと苦しむ元・花屋の畑中香織が芳美の家へ避難してくる──。
けれど多くの問題は、ゆるゆると変化はあるもののすっきり解決はされない。夢物語のようでいて、そこにリアルがある。3人の喜びと興奮が伝わってくる最終話の挑戦も心から羨ましい。続編、ありますよね!?