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人生この先になにがあるか分からない。不安はあるけれど割り切って今を楽しむ

 

──近所の中学生の少年との交流をきっかけに、可南子は60歳にして初めて「恋愛」というものの取り扱い方について真剣に考えます。恋愛はしたことがないけれど、少女漫画を誰よりも熟読してきた芳美が語る「魂の結びつき説」は圧巻で、何かを好きになることの豊かさとそれによる救いが、ラストシーンにかけて生き生きと描かれているように感じました。坂井さんご自身も、少女漫画をたくさん読まれてきたのでしょうか?

 

坂井希久子(以下=坂井):子供のころから少女漫画にかぎらず、少年漫画もたくさん読んできました。どちらも人との絆を大切に描いているとは思いますが、少女漫画のほうには肉体や精神すらも超えた結びつきを感じます。まさに魂で結ばれているような、宿命的ななにか。そういったところに、心惹かれるのではないかなと思いました。本当は作中にもっとたくさん少女漫画のタイトルを出したかったし、なんなら少女漫画史について語りたいくらいでしたが、そうなると可南子たちの物語が破綻するので我慢しました。

 

──可南子の中学の同級生で、かつてはクラスの人気者だった桜井という男は、大人になっても学生時代のノリが抜けず、若者にマウントをとるいわゆる「老害」と言われしまうような所作が出てきます。桜井の姿を見て反面教師とする可南子ですが、加齢による時代感覚の「ズレ」は誰しも、どうしても出てしまうように思います。そんななかで、どのようなことに気を付けていったら良いでしょうか。

 

坂井:これは私にとっても課題ですね。45歳にして、そろそろ若者とのつき合い方が分からなくなってきました。十代のころ大人から「今って学校でなに流行ってるの?」と聞かれ、「そんなものは人によって違うし答えようがないな。つまらない質問だな」と思っていたのですが、自分がまったく同じ質問を十代にしてしまったときには、なんだか絶望しました。

 そうやって人は、時代からどんどんズレていくのでしょうね。むしろズレるのが当たり前。そのことに、まずは自覚的になることだと思います。昨今は時代の移ろいが加速していますから、ぼやぼやしていられませんね。

 ところで先日、回転寿司屋で隣に座ったお爺さんがタッチパネルの操作に困っていたので、お手伝いしました。近ごろは、QRコード注文のお店も増えてきています。あのお爺さん、さすがにQRコードは扱えないんだろうな。自分が老人になったとき、どれだけ社会が進んでいるのかと思うと、ついていけているかどうか不安です。

 

──作中で可南子は、「あと三十年、四十年。余生と呼ぶには、あまりに長い」「孤独に死ぬのは、もちろん怖い」など、60歳から先の人生の長さと、孤独に怯え、芳美との同居を始めます。2人は共通の趣味である少女漫画を堪能しながら、同居の心地好い距離を模索する日々を送りますが、60歳からの生活を楽しむコツなどはあるのでしょうか。

 

坂井:実は私も20代のころから人生の長さに怯えてきました。今の平均寿命ですら長いのに、人生百年時代なんていう標語まで語られるようになって、もう勘弁してくれという気持ちです。そりゃあ百歳まで矍鑠として自分の面倒を自分で見られるならいいですが、たぶん無理だと思うので。74歳のうちの父も、先日脳出血で倒れて左半身不随になりましたからね。人生なにがあるか分かりゃしません。

 でもそんな先のことを、あんまり不安がってもしょうがない。そう割り切って、今を楽しむしかないのかな。私はまだ45歳なので、60歳からの生活を楽しむコツなんて正直なところ分かりませんね。

 

──最後に、これから読む読者さんへ、読みどころや楽しんで頂きたいところなどを教えてください。

 

坂井:人生百年時代と言われても明るい展望はなく、漠然とした不安に襲われてしまいますが、そういったものはいったん置いて、ひたすら楽しいお話を書きたいと思って書きました。60歳の主人公たちも、もちろんこれが人生のゴールではありません。これからたくさんのトラブルや、老いや別離を経験するのでしょう。でも今このときの輝きを、60歳ならではの結びつきを、楽しんで読んでいただければと思います。どうぞよろしく!

 

──ありがとうございました。

 

【あらすじ】
「定年を迎えた後って、みんな何をして過ごしてるの?」
キャリアウーマンだった可南子は、もうすぐ60歳。独身で子供はおらず、やりがいだった仕事も定年退職が迫っている。将来に気が滅入る中、地元で開かれた同窓会で中学時代に親しかった芳美と再会した。長きにわたる子育てと介護を経て、いまや未亡人だという芳美から「一緒に暮らさないか」と誘われて……。それぞれ悩みを抱える60歳たちは、還暦を機に噴出した「人生の問題」にどう向き合うのか。
お金、健康、孤独……先の心配尽きぬとも今を楽しみ尽くす令和の還暦小説!

 

坂井希久子(さかい・きくこ)プロフィール
1977年、和歌山県生まれ。2008年「虫のいどころ」でオール讀物新人賞を受賞しデビュー。17年『ほかほか蕗ご飯 居酒屋ぜんや』で髙田郁賞、歴史時代作家クラブ賞新人賞を受賞。主な著書に「居酒屋ぜんや」シリーズ、『若旦那のひざまくら』『妻の終活』『たそがれ大食堂』『市松師匠幕末ろまん 黒髪』『セクシャル・ルールズ』などがある。