たまたま館に集ったはずなのに、登場人物には意外な繋がりが──。ミステリ研究会の頼りない新入生、謎の自殺未遂男、ちょっと心を病んでいる館オーナーの孫など、登場人物は変わり者だらけ。誰が犯人か、誰が事件を解決するのか、各人の視点から語られる事実を統合すると密室殺人の真相が見えてくる。クライマックスの謎解きで、〈推理をはずしまくる〉前代未聞の珍事も発生!

「小説推理」2023年6月号に掲載された書評家・日下三蔵さんのレビューで『わたくし​雨あめていの殺人に関する各人の視点』の読みどころをご紹介します。

 

私雨邸の殺人に関する各人の視点

 

私雨邸の殺人に関する各人の視点

 

■『わたくし​雨あめていの殺人に関する各人の視点』渡辺優  /日下三蔵[評]

 

ある視点からの情報が明かされるたび真相がガラリと変わる。実力派の新鋭が初めて本格的に挑むミステリ長篇はクローズド・サークルの多重解決もの!

 

 私はミステリとSFの新人賞受賞作は必ず読むようにしているが、一般文芸は守備範囲外である。それが渡辺優の小説すばる新人賞受賞作『ラメルノエリキサ』を手に取ったのは、宮部みゆきさんが推薦しており、帯に「痛快青春ミステリ」と書かれていたからだ。

 続く短篇集『自由なサメと人間たちの夢』にも、SF、ミステリ、奇妙な味の作品が多く含まれており、ミステリのセンスのある作家だなと思っていた。

 そんな著者がミステリ専門誌である「小説推理」に連載した本書は、私の期待を大きく上回る極めて技巧的な本格ミステリであった。

 かつて殺人事件があったという山中の洋館・私雨邸に、11人が集まった。館の持ち主の老人雨目石あまめいし昭吉とその3人の孫、昭吉の会社の社員・石塚、昭吉に招かれた大学ミステリ同好会の二ノ宮と一条、料理人の恋田、山歩きで怪我をした地元の会社員・水野、館を取材に来た雑誌編集者の牧、近所の森で自殺に失敗して館に迷い込んできた田中。

 土砂崩れで孤立した館で昭吉老人が何者かに殺される。しかも、現場は密室であった──。

 ストーリーは概ねA二ノ宮、B牧、C昭吉の孫の梗介の視点で進行していく。果たして残った10人の中にいるはずの犯人は、誰なのか?

 驚くのは殺人事件が起こってからの展開で、ほぼすべての章に何らかのどんでん返しが仕掛けられていると言っても過言ではない。

 登場人物の誰もが犯人であり得る、という状況を設定して、次々とそれをひっくり返していく本格ミステリは、前例がない訳ではない。海外ではアントニー・バークリーの『毒入りチョコレート事件』、日本では山田風太郎の初期短篇「厨子家の悪霊」や、岡嶋二人『そして扉が閉ざされた』、貫井徳郎『プリズム』などである。

 高度な筆力が要求されるため、作例は少ないが、その代わり質の高いものが多い。本書も、そのグループに加わる資格充分の力作といえるだろう。

 そして本書でもっとも独創性があるのは、「視点人物が変わると提示されていた事実がまったく様相を変える」という技巧が、ミステリとしての演出としてだけでなく、作品自体のテーマと密接に結びついている点なのだ。

 ミステリ界にまた1人、注目すべき作家が登場したことを喜びたい。