嵐の山荘〈私雨邸わたくしあめてい〉で起こる密室殺人事件、犯人はこの中にいる――クローズド・サークルと化した館ものは本格ミステリの王道だが、本作は既存作品とは一線を画す。なんせ、事件を解決するはずの探偵がいない。ミステリ研究会の頼りない新入生、館に迷い込んだ自殺志願者、心を病んでいる館オーナーの孫など、登場人物は変わり者だらけ。誰が犯人か、誰が事件を解決するのか、各人の視点から語られる事実を統合すると密室殺人の真相が見えてくる。初めての挑戦にしてアクロバティックな本格ミステリを掌中に収めた渡辺優さんに話をきいた。

 

誰が犯人かだけでなく、誰が謎を解くのかもわからなければ、単純に謎が2倍になってお得なんじゃないか

 

──本作の読みどころはなんといっても〈探偵不在〉。館もの、クローズド・サークルのミステリなのに、事件を解決すべき探偵がおりません。この設定で本作を書こうと思ったきっかけを教えて下さい。

 

渡辺優(以下=渡辺): 私はミステリの中でもフーダニット(犯人当て)が好きなのですが、誰が犯人なのかだけではなく誰が謎を解くのかもわからなければ、単純に謎が2倍になってお得なんじゃないかと考えたのがきっかけでした。

 

──なるほど、確かに楽しみは2倍ですね。本作は渡辺さんにとって、ミステリ初挑戦です。デビュー作の『ラメルノエリキサ』は女子高校生の復讐譚、『カラスは言った』は喋るカラスと人間との攻防という近未来的な物語で、これまでに殺人事件を描いた小説はありませんでした。本作でミステリを書こうと思った理由を教えて下さい。

 

渡辺:もともとミステリは読者として好きなジャンルだったので、いつか挑戦したいという気持ちはずっとありました。デビュー前に人生で初めて書いた小説も広義のミステリのような話だったので、今回初めてこうして本になって嬉しいです。

 

──T大学ミステリ研究会には部員が2人しかいません。会長の一条は探偵にはうってつけの人物なのに、密室殺人のトリックを解明する気はまったくなし。新入部員の二ノ宮(視点―A)はミステリマニア。クローズド・サークルに興奮していて、一条に名探偵役を期待しているが、袖にされ続けます。かなり変化球な設定ですが、このデコボココンビの存在によって先の展開が読めず、最後まで一気読みでした。

 

渡辺:ありがとうございます。クローズド・サークルに憧れる気持ちは私自身すごくあるんですけれど、実際に殺人事件に巻き込まれたりしたら、たぶん一条のように引いてしまうと思うんですよね。人が死んでいるような大きな事件でそんな責任を負いたくないというか……。そういう憧れと現実に二極化した組み合わせにしたいと思いました。

 

──他のキャラクターも個性的で、なかなかのくせ者揃い。殺害されたオーナーの雨目石昭吉の孫で、30歳無職の梗介(視点―C)は親のスネかじりだし、私雨邸の外観を撮影しに来ただけで帰れなくなった編集者の牧(視点―B)は雨目石家と因縁のある人物。訳ありの登場人物が揃っていますが、特に思い入れのある人物はいますか?

 

渡辺:皆それぞれに個性が出ればいいなと思って書いたのですが、特に事件に巻き込まれた部外者感のある牧、水野、恋田の3人は、書いていて楽しかったです。赤の他人同士の距離感や、それが少しずつ近くなっていく感じが書けていればと思います。

 

──後半の読みどころはなんといっても、謎解きシーン。それぞれの視点から犯人当ての推理が始まりますが、なんと推理はハズれまくる(笑)。普通、名探偵がビシッと「犯人はあなたですね!」と決めるところですが、予想外の展開。あまり語りすぎるとネタバレになってしまいますが、この展開にしようと思った狙いを教えて下さい。

 

渡辺:私は普段ミステリを読むときに自分では真剣に推理をせず、なんとなくこの人が怪しいんじゃないかなと無責任に考えながら読み進めるタイプなんです。探偵にはなれないタイプだと思います。そういう人間ばかりが集まったクローズド・サークルだったら、きっとこうなるんじゃないかと考えた展開でした。それでも皆で好き勝手意見を出し合って、見えてくるものがあったら面白いかなと。

 

──各人の言いたい放題の推理によって後半はすごく盛り上がりました。読者の皆さんにここはぜひ楽しんでもらいたいですね。今後、また書いてみたいミステリのテーマがあったら教えて下さい。

 

渡辺:やっぱりクローズド・サークルのフーダニットを選びたいですね。一番好きなシチュエーションなので。今回は館だったので、次があったら島や雪山や特殊なシチュエーションに挑戦してみたいと思っています。

 

【あらすじ】
嵐の私雨邸に取り残された11人の男女。持ち主の雨目石昭吉が何者かに刺殺されてしまう。現場は密室でクローズド・サークルが始まった。館に集ったのは怪しい人物ばかりなのだが、犯人をあてるはずの探偵が……いない。いったい誰が事件の真相を解明するのか。昭吉の孫、たまたま館に来た編集者、昭吉に招かれたT大学ミステリ研究会の会長と新入生など、各人の視点から語られる推理を統合すると真相が見えてくる。

 

渡辺優(わたなべ・ゆう)プロフィール
1987年宮城県生まれ。2015年に『ラメルノエリキサ』で第28回小説すばる新人賞を受賞しデビュー。他の著作に『自由なサメと人間たちの夢』『アイドル 地下にうごめく星』、第4回ほんタメ文学賞を受賞した『カラスは言った』などがある。