話題沸騰中の『三千円の使いかた』『ランチ酒』の原田ひ香の最新文庫、『まずはこれ食べて』が発売中だ。

 舞台は若者たちが立ち上げたベンチャー企業。社員達はみんな不規則な生活のせいで食事はおろそかになり、社内も散らかり放題で殺伐とした雰囲気になっている。社長は環境改善のため会社で家政婦を雇うことに。やってきた家政婦の筧みのりは、無愛想だが完璧に家事をこなし、心がほっとするご飯を作ってくれる。筧の作る食事を通じて社員たちは次第に自分の生活と人生を見つめ直していく――。人生の酸いも甘いも詰まった味わい豊かな本作を執筆した原田さんに、作品にこめた思いを伺った。

 

前編はこちら

 

人生のコツはとにかく、可能な限り、よく寝てちゃんと食べること

 

──家政婦の筧は、色んな悩みを抱える社員達に『焼きリンゴ』『ほうれん草のスープ』『鯛めし』『出汁巻き玉子』など、身近な食材で丁寧に作った食事を振る舞います。原田さんはご飯ものの小説を多数執筆されていますが、どういったところからメニューやレシピのヒントを得ているのでしょうか?

 

原田ひ香(以下=原田): 焼きリンゴは、昔、軽井沢の洋食屋で食べました。厨房が見える店で、目の前で作ってくれるのをじっと見ていたんです。そういうふうにお店で食べたものを再現することもありますね。出汁巻き玉子も学生の頃、京都で食べたお店のレシピです。その店のレシピ集もあるのですが、卵五個に出し汁一カップというのは、もう何度も作って、何も見なくても作れるようになりました。

 

──それまで散らかり放題で殺伐としていた会社が、筧によって清潔に居心地良く整えられ、おいしいご飯を提供されることで、社員の心はほどけていきます。食と住が満たされることで考え方や感じ方も変化していく様子が描かれていますが、原田さんの生活上「まずはこれをしないと」と感じることはなんですか?

 

原田:これをしなければならない、というか、これしかできないというのが、ご飯で、それだけは割とちゃんとやっていますね。あとは睡眠です。締め切りやテスト勉強が切羽詰まっても、人生で今まで一度も徹夜をしたことはありません。寝不足になるくらいなら、0点取る、と周りに豪語したことがあります(笑)。自慢できることでもないかもしれませんが……。

 

──登場人物達のように、現代人の多くは仕事に熱中し過ぎると生活がおろそかになりやすく、1日のうち食事をきちんと摂ることも難しい時があります。熱心に働くことと、頑張った自分をケアすることのバランスを、どのようにとっていくのがいいでしょうか。

 

原田:若いうちや仕事によっては生活が疎かになることもあるでしょう。できたら、睡眠だけは確保した方がいいと思いますが、なかなか自分では調整できない人もいると思います。

 仕事に関しては、最近は転職コンサルタントのようなサービスも多くなり、首都圏だけでなく、地方にもあると聞きます。どうしてもそれが叶えなれないなら、転職も一つの選択肢として考えてみたらどうでしょうか。自分の条件をはっきりと主張してより良い職場を求めていけば、ひどい環境では人が集まらない、ということが社会に浸透するチャンスとなるかもしれません。あなたの転職は決して自分だけのためでなく、日本全体のためなのだ、と考えて、行動してみたらいかがかと。

 とにかく、可能な限り、よく寝てちゃんと食べることです。野菜たっぷりの味噌汁を作り置きしたり、レンチンでできる鍋ものを用意したり、朝、一個のトマトを食べる、など簡単に野菜を食べられる方法は結構ありますよ。

 

──これから読む方へ向けて、読みどころや楽しんで頂きたいところをぜひ教えてください。

 

原田:私はその時、気になっていることをすべて詰め込むきらいがあるのですが、この時は会社内家政婦、起業、医療問題、無国籍など、自分が注目していたことを全部入れて書けた気がします。自分の中ではとても好きな物語なので、おいしい食べ物の話を読みつつ、現代の働き方や問題を考えていただけたら幸いです。

 

【あらすじ】
超多忙な日々を送っているベンチャー企業の社員たち。不規則な生活で食事はおろそかになり、社内も散らかり放題で殺伐とした雰囲気だ。そんな状況を改善しようと、社長は会社に家政婦を雇うことに。やってきた家政婦の筧みのりは無愛想だったが、彼女の作る料理は、いつしか、ささくれだった社員たちの心を優しくほぐしていく――。

人生の酸いも甘いも、人間関係の苦みも旨味もとことん味わえる、滋味溢れる連作短編集。

 

原田ひ香(はらだ・ひか)プロフィール
1970年、神奈川県生まれ。2005年「リトルプリンセス2号」で第34回NHK創作ラジオドラマ大賞、07年「はじまらないティータイム」で第31回すばる文学賞受賞。著書に『母親ウエスタン』『復讐屋成海慶介の事件簿』『ラジオ・ガガガ』『三千円の使いかた』『口福のレシピ』『一橋桐子(76)の犯罪日記』、「ランチ酒」「三人屋」シリーズなどがある。