話題沸騰中の『三千円の使いかた』『ランチ酒』の原田ひ香の最新文庫、『まずはこれ食べて』が発売中だ。
舞台は若者たちが立ち上げたベンチャー企業。社員達はみんな不規則な生活のせいで食事はおろそかになり、社内も散らかり放題で殺伐とした雰囲気になっている。社長は環境改善のため会社で家政婦を雇うことに。やってきた家政婦の筧みのりは、無愛想だが完璧に家事をこなし、心がほっとするご飯を作ってくれる。筧の作る食事を通じて社員たちは次第に自分の生活と人生を見つめ直していく――。人生の酸いも甘いも詰まった味わい豊かな本作を執筆した原田さんに、作品にこめた思いを伺った。
自分が30歳だったら「やってみたいこと」を描いた職業や人物像たち
──『まずはこれ食べて』は学生時代の友人同士で起業したベンチャー企業が舞台です。社員の若者達が「会社で家政婦を雇おう」と思い立つのがユニークに感じましたが、この設定はどのように思いついたのでしょうか?
原田ひ香(以下=原田): 実は、最初はTwitterで「会社で家政婦って雇えるらしい。お掃除とかしてもらうだけじゃなくて、ご飯も作ってもらったら、雰囲気が良くなって効率も上がったって、聞いた」というような一文を読んだんです。なるほど、そういうことができるんだなあ、と感心して、考え始めたのが、この小説です。
──大学卒業と同時に立ち上げたベンチャー企業で働く社員達は、それぞれ30歳を迎えます。仕事には一生懸命だけどどこか学生気分も残っていた彼らが、30歳を迎えると同時に、結婚を焦ったり、もっと大きな企業へ転職すべきかと悩んだりしはじめますが、この年代の人物達を書いてみていかがでしたか。
原田:ちょうど、この話を考えたり、書き始めたりしたのが平成の最後の方でした。平成の最初に生まれた人が、そろそろ次の年号に変わる、ということになったらどういう気持ちになるんだろう? しかも、それが30歳、という人生としても節目に当たるのだから、とても感慨深いのではないか、と。
昭和の終わり、私は18歳で大学受験の頃でした。それは突然で、それまで昭和はとても長くて、永遠に続くような気がしていたので、ちょっとショックでした。平成生まれの人は年齢的にももっとショックや感慨が大きいのではないか、と思いました。
若い人を書いたけど、そのことはあまり違和感なかったです。今、自分がこのくらいの歳だったら、こういうことをしたい、というような職業や人物像を書けたので、とても楽しかったです。若かったら、友達と起業する、というのは夢でもあるので。
──一方で、会社に雇われた家政婦・筧みのりは、ぶっきらぼうだけど仕事を黙々とこなし、「働く」ことにブレない矜持を持つ中年女性。筧のようなキャラクターはどのようにして生まれましたか?
原田:家政「婦」だけど、あまり女性的でない人がいいな、と最初から考えていました。会社の中に入っていくのは、できたらベタベタしたお節介を微塵も感じさせない人がいいんじゃないか、と。CEOの田中もきっとそういう女性を選ぶのではないか、と思いました。
──社員達は、学生時代に一緒に起業したにもかかわらず仲違いしてしまった柿枝という男に、心の一部をずっと支配されています。独特の強烈な魅力がある一方で、支配欲の強い恐ろしい面もありますが、柿枝のような人物を描いてみていかがでしたか?
原田:柿枝のような人はいろんなところにいるし、その能力や性格にも濃淡があるのではないか、と思います。彼も学生時代は、そう問題なく過ごせるんですが、社会人になってくると問題や他の人との差異がだんだんと大きくなって、周りと合わなくなってくる……。それから、彼のような人間はすごいアイデアマンで能力も高く、嘘をつくことに恐れがなく、そして、睡眠時間がほとんど必要ない、という特徴があるんですよね。その感じを書きたいと思いました。
(後編)──に続きます。
【あらすじ】
超多忙な日々を送っているベンチャー企業の社員たち。不規則な生活で食事はおろそかになり、社内も散らかり放題で殺伐とした雰囲気だ。そんな状況を改善しようと、社長は会社に家政婦を雇うことに。やってきた家政婦の筧みのりは無愛想だったが、彼女の作る料理は、いつしか、ささくれだった社員たちの心を優しくほぐしていく――。
人生の酸いも甘いも、人間関係の苦みも旨味もとことん味わえる、滋味溢れる連作短編集。
原田ひ香(はらだ・ひか)プロフィール
1970年、神奈川県生まれ。2005年「リトルプリンセス2号」で第34回NHK創作ラジオドラマ大賞、07年「はじまらないティータイム」で第31回すばる文学賞受賞。著書に『母親ウエスタン』『復讐屋成海慶介の事件簿』『ラジオ・ガガガ』『三千円の使いかた』『口福のレシピ』『一橋桐子(76)の犯罪日記』、「ランチ酒」「三人屋」シリーズなどがある。