愛する妻が左目を失ったのは、かつて僕が作った爆弾のせいだった──。秘密を抱えながらの暮らしに、夫は少しずつ「真実」を明かしていくことを決める。綱渡りをするような危うい幸せの行き着く先とは?
第43回小説推理新人賞受賞作『爆弾犯と殺人犯の物語』が刊行された。デビュー作を上梓したばかりの著者・久保りこ氏に、「犯罪」と「恋愛」がテーマの本書の魅力を聞いた。
●あらすじ●
空也が小夜子のスマホを拾ったことで、ふたりは運命的に出逢う。小夜子は学生時代の事故のせいで左目に義眼を入れていた。空也はその義眼に惹かれ彼女を愛しはじめたのだが、事故の原因がかつて自分が作った小さな爆弾であることを知る。そして小夜子もまた、人には言えない、ある秘密を抱えていた……。第43回小説推理新人賞受賞作からはじまる「恋愛」と「犯罪」の連作短編集。
──「爆弾犯と殺人犯の物語」。第43回小説推理新人賞の受賞作であり、本作の表題作でもあります。「いきなりネタばれ?」と心配にもなるタイトルですが、恋愛小説とも言える不思議な味わいがあります。どのような恋愛を描いているのでしょうか。
久保りこ(以下=久保):自分でもミステリーの観点からいうと、違うタイトルの方がいいと思います(笑)。出版にあたって改題も検討したのですが、やはりこのままで行こうと決めました。というのも、私自身が謎解きよりも特殊な関係性を描きたいと思ったからです。
爆弾作りが趣味という空也と、訳ありの過去を持つ小夜子。そんな2人が出逢い、“特殊な愛”を育んでいきます。形は特殊ですが、愛を深めるという点では普遍的な行為です。「ありえない」と「共感」のバランスに注意して、ミステリー小説としての謎と恋愛小説としての共感の融合を目指しました。
──なるほど。爆弾犯と殺人犯の恋愛。ぶっ飛んだ設定ですが、確かに不思議とリアルでした。執筆に際し、意識されたことなどを教えてください。
久保:リアルな恋愛でも全ての出会いは運命的です。相手のことを知らずに恋に落ちることはよくあります。実際に、私たちは相手のことをどのくらい分かっているでしょうか。過去に何らかの繋がりがあったとしても知らないままで一生添い遂げるかもしれません。この物語では2人に接点があったことが分かり、愛の形が次第に変化していきますが、出会い方はごくごく一般的なものです。
──恋愛に、駆け引きや忖度はつきものですが、本作で2人が隠しているのは「犯罪」。愛し合っているけど全ては見せられない。そんな恋愛の浮遊感と、秘密(犯罪)がバレるのではという緊張感が「吊り橋効果」のように作用していました。
久保:主人公の2人は饒舌ではありません。どちらかというと内心を隠しています。そして相手の「全てを知りたい」とも思っていません。でもだからこそ恋愛感情が高まることもある。恋人関係にある2人は互いに心情を伝えあうべきという風潮がありますが、そうじゃない関係があってもいいのではないでしょうか。
──表題作である「爆弾犯と殺人犯の物語」ほか4編が収録されています。どのような「恋愛」と「犯罪」を描いているのでしょうか。
久保:男女間の恋愛だけでなく、親子間の愛情の話もあります。色々な形があり、人によっては全く共感できない愛情表現の登場人物もいるかもしれません。歪な愛であるがゆえに犯罪に繋がり、悲しい結末になるとしても止められないのです。彼らにとってはそれも「美しき愛情」。色々な愛の形に驚いたり、反発したり、共感したりしていただけたら嬉しいです。
──それぞれ独立した短編でありながら、前作で登場した人物との意外な結びつき、あるいは、隠されていた真相が明らかになっていく展開がスリリングでした。
久保:そう言われると嬉しいです(笑)。1作書き上げるごとに、次は誰を主人公にしようかと考えるのは楽しかったです。登場人物のイメージはできていたので、異なる舞台に立たせても彼らのスタイルで行動し、結果、物語がどんどん展開・発展していくのが実感できました。最後の結末は……書いている自分でもびっくりでした(笑)。でも、こういうラストしかなかったんじゃないかなと、今は思います。
──本作(連作短編集)全体を通して訴えたかったこと、あるいは描きたかったことはなんでしょう。
久保:一見、特殊な愛を描いたように映るかもしれませんが、根っこの部分では実は誰もが持ち得る感情だと思います。結末が幸せか、悲劇かは岐路に立った時の選択によります。普通に考えて、幸せをよしとするなら、悲劇に向かっていくのは不幸かもしれませんが、おそらく当人はそうとは思っていません。そんな人物も描きたかったところです。
それぞれの物語に主人公がいますが、例えば表題作に登場する、空也と小夜子。空也の視点からなので彼の心情は分かりますが、小夜子の心情は会話から読み取れるだけで殆ど分かりません。彼女の胸の内を知りたいところですが、それがはっきりしないところが一番のミステリーだと思っています。小夜子が本当はなにを考えているのか。読者の皆さまにはぜひその「謎解き」を楽しんでいただきたいです。
──この度はありがとうございました。次作も楽しみにしております。