新興宗教の闇を背景にしたテロリズム、さらには新型コロナウイルスの感染拡大──。

 奇しくも、日本が直面している問題に真っ向から斬り込んだ小説『デビルズチョイス』が全国の書店で発売中だ。現役のテレビマンが書き下ろした〈今だからこそ読みたい、注目の一冊〉となっている。

 

宗教とテロリズム、かつて未遂に終わった事件をモチーフに

 

 7月の参院選期間中に起きた安倍元首相狙撃事件。日本中に驚愕と悲しみをもたらしたこの事件の背景に、ある宗教団体の存在が取り沙汰されている。

 この国には、宗教法人を支持団体に持つ政党もあれば、教団を母体として政党を自認する団体も存在する。つまり、政治的アプローチによって教団が理想とする社会に近づけようとしているとも言えるだろう。そして世界を見渡せば、暴力的アプローチ、すなわちテロによって理想と社会を実現させようする動きも現実には起きている。

 この警察小説『デビルズチョイス』では冒頭で、カルト教団〈ムーン・クリスタル〉の信者が登場し、ある事件で死刑判決を受け収監されている教祖の奪還を決意する場面が描かれる。刑が執行される前に教祖を救い出し、理想郷の実現に向けた第一歩とするためだ。

 実はこの〈教祖奪還〉計画は、かつて日本で計画され未遂に終わった実際の事件をモチーフにしている。地下鉄サリン事件等で死刑判決を受けた松本智津夫被告をオウム真理教のロシア人信者たちが奪還しようとした『シガチョフ事件』だ。当時テレビ局の海外特派員としてモスクワ支局に派遣されていた著者は、現地でこの事件を取材している。「ロシアはオウム信者が多かった国で、当時から社会問題になっていました」と語る初瀬氏は、現地でオウム関連の取材をする機会が多かったという。

「本作の構想中に、かつて取材したシガチョフ事件をモチーフに描いたらどうなるだろうと考えました。教祖奪還を一度失敗した人物が再び計画を立てるとしたら、誰と手を組み、どんな手段を用いるのか、それが今作のギミック(仕掛け)になるのではないかと」

 著者のこの言葉が示す通り、作品の中でカルト教団の信者たちは国際的な女テロリストと手を組み、危機管理の盲点をついて日本に潜入、教祖奪還を目論むのだ。その際の切り札として用いたのが、感染力の強い未知のウイルスだった──。

 

コロナ禍を預言したかのような作品『感染シンドローム』とジャーナリズム

 

 初瀬氏が2016年に刊行した長編小説『シスト』(文庫化に際して『感染シンドローム』に改題)は、まさにコロナ禍を預言していたかのような作品だ。

 タジキスタンで未知のウイルスによる感染症が発生し、日本国内でも感染者が続出、パンデミック下での政府やメディアの立ち振る舞いを、主人公である女性ジャーナリストの目を通して冷静かつリアリティをもって描いた社会派サスペンス小説だ。感染の渦中に巻き込まれた報道番組の制作現場シーンは現役のテレビ局員だからこその緊迫感に溢れている。

 今作の『デビルズチョイス』においても、感染力の強い未知のウイルスを楯に教祖奪還を目論むカルト教団とシリーズ第1巻に登場した女テロリストが共闘関係を結び、後手にまわる政府や警察の姿が真に迫って描かれている。また、Youtubeでの動画配信が当たり前の現代において、報道のあり方についても考えさせられる場面が随所に鏤められているのも読みどころの一つだ。

 主人公である警察官僚の水野乃亜は、事件解決への使命感と警察内部の思惑の狭間で苦悩し、この国を守るために奔走するのだ。

 現役の報道テレビマンの取材経験が、作中で起きる事件をよりリアルに感じさせる、陰謀あり、アクションありの怒濤のノンストップ警察小説の最新刊『デビルズチョイス』は、今だからこそ、読みたい一冊だ。

 

『デビルズチョイス』あらすじ
イスラム過激派による日本人拉致事件がタジキスタンで発生した。現地に飛んだ警察庁国際テロリズム対策課の水野乃亜は、邦人救出と並行して、国際指名手配中のテロリスト・遠藤美沙との関係が噂される上司・佐山英吾の行動を監視するよう命じられていた。アメリカの特殊部隊によって救出された邦人達がチャーター機で成田空港に降り立った頃、警察庁にカルト教団の信者を名乗る者から驚愕の犯行声明がもたらされる。さらに未知のウイルスへの感染が疑われる女が、忽然と空港から姿を消し――。人気警察小説シリーズ第3弾。

 

「警察庁特命捜査官 水野乃亜」シリーズとは
警察官だった父親を無差別殺人犯に殺され、留学先では無差別テロで恋人を失った水野乃亜は、「国の治安とともに、現場の警察官の安全も守りたい」という思いから警察庁に入庁。警察内部の覇権争いや現場の刑事たちとの軋轢の中で、己の信念を貫き通そうとする若き女性警察官僚の姿を描く人気シリーズ。
シリーズ第1作『ホークアイ』 文庫判
シリーズ第2作『モールハンター』 文庫判
シリーズ最新刊『デビルズチョイス』 文庫判