中目黒で居酒屋を営む円堂の元に、バブル時代、ともに「土地転がし」で荒稼ぎした盟友・中村から連絡が入った。バブル崩壊とともに姿を消した円堂たちの上司が所有していた20億円のクラシックカーが目撃されたという。その車とともに消えたのは、円堂が愛した女だった――。20億円の名車をめぐってバブルの亡霊たちが蠢き出すなか、円堂はかつての恋人を捜し、真実を知るために動き出す。大沢在昌が66歳にして辿りついた「男と女の真実」とは

「小説推理」2022年8月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューと書籍の帯で『晩秋行』の読みどころをご紹介する。

 

失った時間を、たとえわずかでもとり戻したい。それが後悔にかわるとしても――  大沢ハードボイルドの新境地にして 切ない「大人の恋愛」を描いた傑作長編小説  30年前のバブル崩壊とともに消えた 「20億円のクラシックカー」と「心から愛した女」を捜し出せ!

 

自分が見つけたいのは君香だ。カリフォルニア・スバイダーなどどうでもいい  居酒屋店主の円堂のもとに、バブル時代、不動産売買で荒稼ぎをした盟友の中村から電話が入る。当時、「地上げの神様」と呼ばれ、バブル崩壊後、姿を消した二見興産の社長の愛車で、20億円の価値があるクラシックカーの目撃情報が入ったという。二見は失踪時、愛車とともに円堂が結婚を考えていた君香という女性を連れ去っていた。20億円の車をめぐってバブルの亡霊たちが蠢き出すなか、円堂はかつての恋人を捜し、真実を知るために動き出す――。

 

■『晩秋行』大沢在昌  /細谷正充:評

 

尊敬する上司と愛する女は、高価なクラシック・カーと共に消えた。30年前の苦き思い出の真相を、居酒屋の主人が追う。大沢在昌、円熟のミステリー。

 

 大沢在昌は、1979年、「感傷の街角」で第1回小説推理新人賞を受賞してデビューした。この作品の主役の探偵は、20代の若者である。その作者が数十年の歳月を経て、本書を上梓した。主役は62歳の居酒屋の主人だ。この年齢の差を見ただけで、感慨深いものがある。思えばデビュー当初から、大沢作品を読み続けてきた。作者も、読者である私も、ずいぶん遠くまできたものだ。

 中目黒で居酒屋「いろいろ」の主人をしている円堂は、作家の中村から、クラシック・カーの目撃情報があったとの連絡をもらう。現在、20億以上の値が付く、フェラーリ250GTカリフォルニア・スパイダーだ。それが、円堂の過去を呼び起こす。

 バブルの時代、円堂と中村は、「地上げの神様」といわれていた「二見興産」の会長・二見の下で働いていた。しかしバブルがはじけると二見は、六本木のホステスで円堂の恋人だった君香と、スパイダーと共に姿を消したのである。それから30年。まだ君香の行動に納得のいかない円堂は、中村と共にスパイダーの行方を追う。そして、スパイダーを巡る騒動に巻き込まれるのだった。

 大沢在昌は変わらない。まずはそんなことを思った。なぜならデビュー作同様、本作も失踪人を捜す物語であるからだ。クラシック・カー捜しから始まるが、円堂の真の目的は、二見と君香を捜すこと。なぜ、尊敬する上司と愛する女は、自分を裏切るようにして消えたのか。30年経っても消えないわだかまりが、円堂を駆り立てる。たしかに彼は居酒屋の主人だが、自己規範を持って行動するハードボイルドの主人公として、物語の中に屹立しているのである。

 その一方で、変わった部分もある。すでに老人といっていい円堂は、何事にもしなやかに対応していく。相手によっては荒々しい態度もとるが、基本的には常識を守り、静かに己の意思を貫くのだ。主人公の、いぶし銀の魅力に、作者の円熟が感じられた。

 さらに、脇役の存在感も見逃せない。「いろいろ」で働くケンジとユウミ。円堂たちを昔から知る委津子。君香とよく似た奈央子という女。そして二見と君香。特に君香は円堂のファム・ファタール(運命の女)であり、もうひとりの主人公といっていいだろう。

 その他にも、中村の死の意外な真相や、バブル期から現在に至る歳月の重さなど、読みどころは満載。繰り返しになるが、まさに円熟の作品なのである。

 

『晩秋行』の試し読みはこちらから
https://colorful.futabanet.jp/articles/-/1445