戦国時代初期、まだ日本に鉄砲が伝来する前の時代、誇り高き琉球人たちは島を守るのに必要な最新の大砲を入手するため遠くマラッカまで旅に出る。だが、当時、マラッカ周辺は3つの国が相争う危険地帯。時に命の危険を冒し、時に敵の船に乗り込み制圧し、時に人種も言語も宗教も違う者たちと杯をかわす。悲惨な戦争が起きている今だからこそ多くの人に読んでもらいたい冒険歴史小説『エクアドール』。
「小説推理」2022年7月号に掲載された文芸評論家の末國善己さんのレビューと書籍の帯で、『エクアドール』の読みどころをご紹介する。
■『エクアドール』滝沢志郎 /末國善己:評
冒険小説であり、ビジネス小説であり、伝奇小説でもある。さらには、分断と対立を乗り越え、共生社会を作るうえで何が必要かも学べる小説である。
松本清張賞を受賞した『明治乙女物語』、続く『明治銀座異変』と近代史を題材にしたミステリーを発表してきた滝沢志郎の新作は、日本史では戦国初期、世界史では大航海時代の東南アジアを舞台にした海洋冒険小説である。
琉球王国に、方角を見誤った倭寇の船団が入った。倭寇との交渉役だった下級役人の眞五羅は、倭寇の中に旧知の弥次郎を発見、那覇港に入る狭い水路の先に砲台を築き、西洋式の大砲・仏朗機砲を据えるという海防策を話す。
それが上層部の耳に入り、仏朗機砲を入手するためポルトガル人が支配するマラッカへの使節団派遣が決まった。王農大親を正使にした使節団には、名門・与那城家の若き嫡男・樽金らに加え、眞五羅も一員に選ばれた。
当時のマラッカ周辺は、ポルトガルに敗れたマラッカ王国が再建したジョホール王国、マラッカ海峡の西口を抑えムスリム商人と結んで急拡大しているアチェ、最新鋭の武器を備えるポルトガルが、三つ巴の争いをしていた。
物語は、眞五羅たちが各勢力の思惑が錯綜する紛争地帯に乗り込む国際謀略小説、まだ日本に伝わっていない鉄砲や大砲が使われる合戦を迫力いっぱいに描くスペクタクル、仏朗機砲を手にするためポルトガル、倭寇などとタフな交渉を続ける外交、ビジネス小説、さらに史実の隙間にフィクションを織り込む伝奇小説などの要素が渾然一体となっているので、最後までスリリングな展開が楽しめる。
困難な任務に挑む使節団のメンバーは、対馬人の父と朝鮮人の母を持ち琉球で暮らしているため自身のアイデンティティを模索している眞五羅、名門の生まれ故に要職に就いたことに忸怩たる思いを抱く樽金など等身大の悩みを持っているので、共感できる人物が見つかるのではないか。
当時の東南アジア諸国は、過去の因縁から憎悪を募らせ、経済的な利益を奪い合い、言語も宗教も違っていたので不信に満ちていた。その渦中に飛び込んだ眞五羅は、互いに利益を得られる方法を提示するなどして憎しみの連鎖を断ち切ろうとするが、この展開は分断と対立を乗り越え共生社会を作るには何が必要かを教えてくれるのである。
眞五羅は仏朗機砲があれば琉球の防衛は万全と考えていたが、様々な経験をするうち最新兵器を手にすると果てしない軍拡競争に巻き込まれると考えるようになる。沖縄県と名を変えた琉球が、日本を守るため米軍基地の負担を強いられている現状を踏まえれば、本書は今後の安全保障のあり方を考える切っ掛けにもなるはずだ。
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