第36回小説推理新人賞最終選考会で作家の小池真理子氏が激賞した蓮生あまね。そのデビュー作となる2019年4月刊行の『去にし時よりの訪人』が、装いも新たに『鬼女の顔』として文庫になった。美しい文章と時代への怜悧な眼差しから生み出された連作ミステリーは、主人公の能楽師・那智の謎も相まって二重三重の驚きを与えてくれる。
「小説推理」2019年6月号に掲載された書評家・細谷正充さんのレビューと帯で『鬼女の顔』の読みどころをご紹介する。
■『鬼女の顔』蓮生あまね /細谷正充:評
応仁の乱前夜の京の都。相次ぐ事件は、時代が求めているのか。小説推理新人賞作家が、デビュー作を含む3篇で、人間の業を鮮やかに表現してのけた。
小説推理新人賞が輩出する、作家のレベルは高い。蓮生あまねの第一作品集『去にし時よりの訪人』(単行本時タイトル)を読んで、あらためてそのことを実感した。
本書には短篇2作と、短い長篇1作が収録されている。冒頭の「鬼女の顔」は、能面師の般若坊が、まだ生きているのに埋葬地に打ち捨てられた、顔に火傷の痕のある女を拾う。そのことが切っかけで騒動が起こり、意外な事実が明らかになるのだった。ただし真実を暴くのは般若坊ではなく、観世座の能役者の那智だ。いつも養い子の天鼓を連れている彼は、観世座が依頼した鬼女の面のことで般若坊の住処を訪ねているうちに、騒動にかかわるのである。
かつて「小説推理」に掲載された選考座談会を見ると、各選考委員が、本作の小説としての面白さを認めながら、ミステリー部分の弱さを指摘していた。たしかにミステリーの謎は単純である。しかしその裏には、乱れつつある世を生きる、人間の業があった。そこがしっかり描けているから、本作は読みごたえのある作品になっているのだ。
続く「桜供養」は、「鬼女の顔」にも登場した、観世大夫の末弟・小次郎信光が主人公。出入りしている貴族の屋敷にある桜の木を巡る騒動に巻き込まれる。予想外の方向に転がっていく騒動が興味深いが、詳しく書くのは止そう。ただ、史実を巧みに織り込んでいるとだけいっておく。
そしてラストの表題作だが、仕事で観世座が赴いた傾城屋で、殺人が発生。目付により、那智が犯人として牢に入れられてしまう。さらに、傾城屋の近くの土倉で起きた襲撃事件にも、関係しているのではないかと疑われる。だが、目付の決めつけが強引すぎる。牢の中で真犯人を見抜いた那智だが、罠にかかり、脱獄を余儀なくされるのだった。
一連の事件には、ふたつの要素が絡み合っている。ひとつは唾棄すべき犯罪だ。これを鮮やかに解きほぐす、那智の名探偵ぶりが楽しい。そしてもうひとつが、那智の過去と深く関係した、人々の蠢動だ。時代の流れに翻弄されながら、懸命に生きる人間の姿を、作者は潤いのある筆致で活写したのである。新人離れした内容と文章を、称賛せずにはいられない。
今後、作者がどのような方向に行くのか分からない。もしかしたら、ミステリーを離れるかもしれない。でも、魅力的な作品を発表することだけは、間違いないだろう。それだけの才能を、見せてくれたのだ。だから、大いに将来を期待しているのである。