『そして、バトンは渡された』で本屋大賞を受賞し、ますます注目を集める瀬尾まいこさんの最新作『夏の体温』。同じ入院仲間として、あるいは作家とモデルとして、そして転校先のクラスメイトとして……。様々なシチュエーションでの出会いを通して、主人公が抱くビターな想いがあたたかく解きほぐされてゆく物語だ。
「小説推理」2022年5月号に掲載された書評家・大矢博子さんのレビューと書籍の帯で、『夏の体温』の読みどころをご紹介する。
■『夏の体温』瀬尾まいこ /大矢博子:評
退屈で仕方ない入院中の小学生、「悪人」を取材するマイペースな学生作家、転校したての中学生……出会いが人を変えていく、3つの優しい物語。
嬉しいとか悲しいとか、幸せだとか不幸だとか。
人がなぜ、どんなときにそれを感じるのか。その意味は何なのか。その答えを、瀬尾まいこ『夏の体温』収録の2編から見せてもらったような気がする。まったく正反対のふたつのアプローチで。
表題作「夏の体温」は小児病棟が舞台。血小板数値の経過観察で1ヶ月以上入院している小学3年生の瑛介は、他の入院患者が年下ばかりで遊ぶ相手がおらず、退屈な毎日を送っていた。そこに、同い年の明るい少年、壮太が入ってくる。たちまち仲良くなったふたりだが、低身長症の検査入院とのことで彼がいるのはわずか2泊3日。楽しい時間はすぐに過ぎていく──。
短期間で退院していく子どもたちを見て我が身の不幸を呪い、自分より重篤な子どもたちを見てそんな自分を反省し、それでも健康な体を羨む思いは止められない。壮太が来てくれて本当に楽しくて、けれど楽しければ楽しいほど壮太がいなくなったあとが寂しくて仕方ない。瑛介の感情はそんな〈比較〉の中で揺れていく。
一方、「魅惑の極悪人ファイル」は内向的な大学生・早智の物語だ。書いた小説が地元の文学賞を受賞して学生作家となった早智は、悪人を書くため周囲から腹黒いと言われている男子学生・倉橋に取材を申し込む──という設定自体、早智のちょっとズレたところが出ていて笑えるのだが、話が進むうちに、早智がどういう人物かが次第に浮き彫りになっていく。
本編の早智は「夏の体温」の瑛介と正反対だ。基準は自分の中だけにある。自称デブでブスでひとりで小説ばかり書いていて「気味悪い」と言われても、そうだろうなとしか思わない。自分の想像の中の悪人像がまずあり、それに倉橋を合わせようとする。彼女の中に他者は存在しない。
他者との〈比較〉の中で揺れる瑛介と、他者を持たない早智が、それぞれ何を経て、何に気づくかがこの2編の読みどころだ。「夏の体温」の最後で、瑛介が「壮太が壮太なら」いい、と思う場面にそのヒントがある。比べるのでもなく閉じるのでもなく、その人がその人であること、それ以上に大事なことなんかないのだと。
まったく違う物語でありながら、すべての人の生き方を優しく肯定する瀬尾まいこが両方に存在しているのだ。
中学1年生の国語の教科書に掲載された掌編「花曇りの向こう」も同時収録。併せてどうぞ。
▼表題作「夏の体温」の試し読みはこちらから
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