「夏の体温」「魅惑の極悪人ファイル」「花曇りの向こう」全3編。『そして、バトンは渡された』で知られる人気作家・瀬尾まいこ氏が、出会いがもたらす奇跡を描いた『夏の体温』(双葉社)を上梓した。「久しぶりに小学生の物語を書きました。子どもがいる空間は生き生きしていて、書いている間、とても楽しかったです」と瀬尾氏はコメントしている。表題作「夏の体温」は、子どもたちが入院する病院を舞台にした、小学生男子の瑞々しい友情物語。また、「物語に悪い人がほとんど出てこない」と言われる瀬尾氏の小説だが、2話目の「魅惑の極悪人ファイル」には「悪人」が登場する。今回どんな悪人が登場するかにも注目だ。

(取材・文=立花もも)

 

『夏の体温』瀬尾まいこ

 

──表題作「夏の体温」は、長期入院をしている小3の少年・瑛介が、年下の子どもたちばかりで退屈するなか、低身長検査で短期入院している同い年の少年・壮太に出会う物語です。

 

瀬尾まいこ(以下=瀬尾):『夜明けのすべて』や『その扉をたたく音』で大人ばかりを書いていたので、次は子どもを書きたいなあと思っていて。最初から「低身長の子どもをテーマにしよう」と意気込んでいたわけじゃないんですが、私の娘も平均と比べるとおそろしくちっちゃくて、検査入院を経てホルモン治療もしているんですよね。自分にとって身近なことだったから、自然と書いちゃったんだと思います。だから作中の病院や検査の描写は、実際のそのまんまなんです。

 

──低身長の子自身を主人公にしなかったのは、なぜなんですか?

 

瀬尾:そうですね、子どもが病気になるって、それだけでやっぱり、すごくつらいことなんですよ。娘が薬の副作用でしんどそうにしているとかわいそうだし、なんとかしてあげたいって思ってしまう。でも、プレイルームなんかに行くと、瑛介みたいに長期入院しているお子さんもたくさんいるんですよね。低身長とちがって、ときに命に関わる病気を患った子たちの姿を見て、一体何を思えばいいんだろうというのは、よく考えていました。比べることではないし、だからといって娘のつらさを軽んじるわけじゃないけれど、なんていうか……なんともいえない気持ちになって。

 

──血小板の数値が低い瑛介が、壮太に「身長は低くても死ぬことはないし、そこまで困ることないだろう」と言う場面がありました。それに対して壮太は、病気じゃないから治療したところで治らない自分のことを「死なないけど、困りまくるぜ」「個性だ個性だ、って言われるけどチビはしんどいぜー」と答える。

 

瀬尾:同じ低身長でも、男の子のお母さんのほうがやっぱり切実で。女の子は、ちっちゃくてかわいいやん、って言ってもらえることが多いですけど、男の子は壮太が言うように「チビだとモテない」みたいな意識がある。今は男だとか女だとか、あんまり区別しない世の中になってきていますし、治療するしんどさも性別で変わるわけじゃないんだけど、精神的に影響するものはありますよね。中学校で教師をしていたとき、毎年、クラスに1人か2人は平均より背が低い生徒はいて、壮太みたいに、ひょうきんな子が多かったなあという印象があります。あるいは賢かったり、おしゃべりが上手だったり、子どもによって少しずつ違うんですけど、自分の殻に閉じこもってしまっている子は見たことがなかった。知らず知らずのうちに、背の低さをカバーするというか、自分が生きていくための武器みたいなものを、身につけようとしている部分はあるのかな、と思いました。

 

──壮太が入院している2泊3日だけ、と期限つきだとわかっていながら、2人は意気投合して友達になっていきます。互いの症状に対して過剰に気遣うこともなく、でも触れちゃいけないところはそっとしておく、その距離感がとても素敵だなあと思いました。

 

瀬尾:子どもって、それほど仲良くない相手でも、同じクラスや班などでひとくくりにされたら、相手のことをちゃんと気にかけるんだな、というのも教師時代の実感としてありました。大人になると、気の合わない相手のことなんて、興味すらもたないじゃないですか。でも、たとえばヤンキーみたいな男子がおとなしい女子について「あの子、最近よう笑うようになったで」と報告してくれたり、ヤンキー男子に私が怒ってばかりいたら、そのおとなしい女の子が「でも○○くん、今日はちゃんとしてたで」ってフォローしてくれたり。そういう意味で、同じ病院のプレイルームで出会った瑛介と壮太も同じなんだと思います。

 

──それは本当に、先生ならではの視点ですよね。子どもたち自身は、自分たちが他者からそんなふうに気遣われているなんて、気づかないまま卒業していくでしょうから。

 

瀬尾:私も自分が中学生のときに、気にかけてもらえてるなんて思ったことはなかったし、クラスのために気を配りたいなんて意識も全然なかった。教師になって初めて、ああ、子どもたちってこんなに同じ空間にいる人たちのことを気にしているんだ、どうせ同じクラスにいるんだからみんながいい状態でいてほしいと思っているんだなあ、ということに気がつきました。

 

──そういう視点の優しさが、瀬尾さんの作風に繋がっているような気がします。2話目の「魅惑の極悪人ファイル」では、大学生小説家の大原さんが、担当編集者に「出てくるのがみんないい人でリアリティがない」と言われたのをきっかけに、極悪人を書いてみようと、学内で腹黒と名高い倉橋くん、通称ストブラを取材させてもらうという話ですが……これは実際、瀬尾さんがよく言われるとおっしゃっていることですよね。

 

瀬尾:そう、いつもインタビューをしていただくたびに「悪い人がいない」って言われるんですよ。ちょうどこれを書いていたときは、『夜明けのすべて』のインタビューをたくさん受けていた時期だったので、よーしだったら悪い人を書いてやろうじゃないかと張り切ってみたんですが、私に書けることなんてたかが知れていて、ただの魅惑の人になってしまいました。

 

──大原さんと同じ試みだったんですね(笑)。

 

瀬尾:できると思ったんですけど、大したことのない極悪人ぶりでしたね。

 

──大原さんとストブラの微妙にかみあわないやりとりを読んでいくうち、「極悪人ってそもそもなんだ?」って疑問が読んでいる側にも浮かび上がってきておもしろかったです。

 

瀬尾:よかったです。私もこれは、笑ってもらえたらいいなと、ただ楽しく書いていたので。大原さんがストブラを極悪人として描写しようとすると、いつも半笑いか薄笑いしていることになってしまう、っていうのも私的には、楽しかったです。

 

──笑いました(笑)。確かにフィクションの極悪人って、いつも薄ら笑いをしている。

 

瀬尾:やっぱり、小説に書くほどの悪人に、私はこれまで出会ったことがないんですよね。学校で働いていると、プライベートでは接する機会のない人たちとものすごい数で出会いました。だけど、そのなかにも悪人と思えるような人は、ひとりもいなかった。みんな、普通に他人を気遣っているし、普通に悪態をつくこともあるし、普通に泣いたり怒ったりしながら生きていると思うんです。そういう人たちを書いていると「悪い人がいない」って言われちゃう。特別、いい人を書こうというつもりもないし、みんなこんなもんなんじゃないのかなあ、って思うんです。

 

──どちらかだけしかない人なんて、いませんからね。でも、他人からどう言われていようと、その人のいいところを見つけて信じられるのが友達なのかなあ、と今お話をうかがっていて思いました。ストブラと大原さんが友人になっていく過程は、瑛介と壮太とはまたちょっと違いますが、素敵だなあと思いました。べったり仲良しではないものの、困ったときは「しょうがないなあ」と手を差し伸べる、そんな相手がいたら救われるだろうな、と。

 

瀬尾:不思議なことに、他人のことだとなんでもしてあげられるし、なんでもできそうな気がしてしまいますよね。大人になってから、なんでも話し合える親友みたいな人を見つけるのはなかなか難しいと思いますが、働いていれば同僚の人たちと知らず知らずに助け合い、お互いを楽しませようとするし、子どもが生まれてみたら自然と子どもを通じてママ友ができて、他愛ないおしゃべりでお互い励ましあえたりもする。まあ、基本的には旦那の悪口しか言っていませんが(笑)。

 

──3話目の「花曇りの向こう」は国語の教科書に掲載されたもので、中学にあがって友達を作れずにいた男の子が、クラスメートと出会うお話ですね。

 

瀬尾:示し合わせたわけじゃないんですけど、1冊にまとまってみたらどれも、友達になる前のちょっとした過程であったり、ふと誰かに出会うことで何かが転がっていく様子であったりが描かれているなあ、と自分でも驚きました。子どものころは友達を作るには意気込みが必要だったと思うんですが、大人になった今は、誰かと出会うことって案外簡単だったんだな、と思います。そういう、友達になれそうな人たちと時間を共有していく姿を、楽しんでもらえたら嬉しいです。

 

▼表題作「夏の体温」の試し読みはこちらから
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比べるのでもなく閉じるのでもなく、その人がその人であること、それ以上に大事なことはない。すべての人の生き方を優しく肯定する作品集 『夏の体温』瀬尾まいこ
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