これまで、社会的背景をモチーフとした小説を多く発表してきた作家・朝比奈あすかさん。なかでも、現代に生きる子どもたちの姿を様々な角度から見つめた作品は高い評価を得ている。
スクールセクハラに果敢に切り込んだ『自画像』(15年刊 双葉社)、小学校運動会の組体操の是非を問う『人間タワー』(17年刊 文藝春秋)、小6の教室内の空気を繊細に掬い取った『君たちは今が世界』(19年刊 KADOKAWA)、中学受験に過熱する家庭を描いた『翼の翼』(21年刊 光文社)など、いずれも多くの読者の支持を集めた。中学や高校の受験問題に作品が採用されることも多い。
その朝比奈さんの最新作『ななみの海』が刊行された。中学時代から児童養護施設で暮らす女子高生、ななみの成長を描いた長編小説だ。
なぜ今、このような物語を書いたのか? 執筆のきっかけや、作品に込めた想いを聞いた。
どんな大人になりたいのか、それを友人に伝えることで
──児童養護施設以外でのななみの日常、たとえば高校生活やダンス部での活動、友情や恋愛についても細やかに描かれています。
児童養護施設で暮らしているということだけが彼女の特徴ではないので。
取材していて改めて感じたことで、全部当たり前のことなんですが、施設の子たちもふつうに学校に通って、部活をしたり、勉強をしたり、休日には出かけたり、遊んだり……。友達がたくさんいる子もいますし、中には施設に友達を呼んで遊んだりする子も。本人がいない時に、友達のほうが勝手に施設に遊びに来ることもあるとか、ふだんの話もいろいろ聞きました。そういう話を聞くと、可哀そうな子が頑張っているという感じでもなく、どこにでも日常があり、その日常を生きている子どもたちがいて、笑いあり涙あり、退屈な日も忙しい日もありって感じなんだろうなとも思いました。
そういう意味では、親元で暮らしている子たちもまた、高校生なりの悩みがあったり、うきうきしたり絶望したり、思春期ならではの激しい心や自意識もあるでしょう。そのあたりは、生い立ちで区分けし過ぎず、17歳の頃に自分はどんなふうに世の中を見ていただろう、何を考えていたのだろうと、過去の自分を思い出しながら書きました。
──物語の終盤で、ななみが親友に向けて言う言葉がとても印象的でした。「良い大人が増えれば、困らない子どもも増えるっていう、単純な原理。でも、本当はそれが世界でいちばん大事なことだと思う」。この言葉に込めた想いとは?
そうですね……。ここは、ななみの思いをまっすぐに書きたいと思いました。
子どもが子どもに「税金泥棒」と言うような社会で、人はどう生きていくべきか、良い人間というのはどういう人間なのか、どんな大人になりたいのか。高校生のななみが考えて、その考えを伝えることで、友人に良い影響を与えてゆくシーンを描きたかったのです。
「生き延びてくれた」子たちが安心して大人になっていける社会に
──この小説を執筆したことで、朝比奈さんの中で何か変化はありましたか?
あったのかどうか、自分では分かりません。たぶんあったのだと思いますが……。
小説を書いたことと同じくらい、3施設を取材させてもらえたことが、私にとっては大きかった気がします。コロナ禍に差し掛かる直前で、あと1か月遅かったら無理でしたから、運も良かったんです。
今も思うのは、私たちが虐待のニュースなどに憤って「何とかしなければ」と思っても、そのことをずっと考え続けることはなかなか難しく、やがて忘れてしまうということです。でも、現場には常に保護された子どもたちと向き合っている人たちがいるのです。綺麗事の世界ではなく、取っ組み合いの喧嘩や、学校や警察に頭を下げることもあるという話も聞きました。現場の皆さんは、ある意味、憤った私たちの気持ちをも引き受けて、365日そこで子どもたちを支えているわけです。
ある施設の方に、子どもたちが施設に来る前に体験してきたことについてどう思うかというようなことを聞いた時に、少し考えてから、「よく生き延びてくれたと……」とおっしゃって、それからしばらく黙り込まれていました。そういう時の表情を見ると、ああ、現実なんだな、と突きつけられます。私が生きている同じ時代の同じ国に、本当に苦しいところにいる子、そこから生き延びてきた子たちがいるんだなと。そのことを考えると、ちょっと子どもっぽい言い方かもしれませんが、率直に、この世界をもっとよくしなければいけないのだと、思いました。「生き延びてくれた」子たちが安心して大人になっていける社会にしていきたいと。
『ななみの海』では、児童養護施設や里親のもとでの児童の養育が満18歳までであるという執筆した当時のルールについて、それがどれほど冷徹なものかを具体的に書きました。その後、ちょうど今月(2022年1月)、厚生労働省がその年齢制限を撤廃する方針を発表しました。これには本当にほっとしましたが、施設ごとに進学観が違ったり、就職の際のサポート体制などについても、まだまだ見直すべきところはあるように思います。取材させてもらえたことと、『ななみの海』を書いたことで、そうしたことを考えるようになったのが、自分の中での変化かなと思います。
朝比奈あすか (あさひな・あすか)
1976年東京都生まれ。2000年、ノンフィクション『光さす故郷へ』を刊行。06年、群像新人文学賞受賞作を表題作とした『憂鬱なハスビーン』で小説家としてデビュー。その他の著書に『憧れの女の子』『自画像』『人生のピース』『さよなら獣』『人間タワー』『君たちは今が世界』『翼の翼』など多数。作品は中高受験問題に多く採用されている。
後日、朝比奈あすかさんと、アフターケア相談所 ゆずりは所長 高橋亜美さんの対談を公開予定。