映画『百円の恋』『喜劇・愛妻物語』の原作・脚本を担当した足立紳がコロナ禍で限界を迎えた夫婦を描いた新作小説を上梓した。

 映画監督の孝志は一時期注目されたが、いまは鳴かず飛ばずの開店休業状態。妻の恭子はそんな夫に愛想を尽かし、内緒で応募した脚本コンクールで見事入賞し、脚本家デビューを決めるとともに、自立を決意する。これまで「夫の天下」だった家庭は逆転し、その上、コロナ禍がきっかけで、1人息子の発達障害の疑いが顕著になり……。2人は離婚してしまうのか、それとも再構築はあるのか。令和時代の傑作家族小説。

 「小説推理」2022年3月号に掲載された書評家・門賀美央子さんのレビューと書籍の帯で『したいとか、したくないとかの話じゃない』をご紹介する。

 

したいとか、したくないとかの話じゃない

 

したいとか、したくないとかの話じゃない

 

■『したいとか、したくないとかの話じゃない』足立 紳  /門賀美央子:評

 

夫婦の“良い関係”にセックスは必須? それとも不要? 倦怠期クライシスを迎えた中年カップルが、不器用かつ容赦なく思いをぶつけ合う夫婦バトル小説

 

 一時はブレイクしかけるも、その後鳴かず飛ばずで開店休業中の映画監督の夫と、突然人生の新展開を迎えてしまった妻。そんな2人のすれ違いをユーモラスに、そしてリアリティたっぷりに描いたのが本書だ。著者の足立紳は2016年に『百円の恋』で第39回日本アカデミー賞最優秀脚本賞を受賞した脚本家/映画監督であり、小説家としてはこれまでも実録風夫婦小説を書いてきた。で、タイトルの「したい」「したくない」だが、その主語はずばり「セックス」。「……とかの話じゃない」と続くが、かなりのページが「したいとかしたくないとかの話」に割かれる。

 全方向にダメっぷりを発揮する甲斐性なしの夫・孝志に辟易した妻の恭子は、事態を打開すべく内緒で応募した脚本コンクールで見事入賞を果たし、脚本家デビューが決まった。道が拓けたことで、恭子の心に変化が兆す。今までずっと我慢していた孝志との惰性と妥協に満ちた生活に、ほとほと嫌気が差してきたのだ。

 一方、俄然忙しくなった妻の代わりに家事子育てをしなくてはならなくなった上、セックスフレンドに捨てられた孝志は、妻に対する関心が蘇り始める。結果、湧き上がった思いが「もう1度妻とセックスがしたい」だった。パート主婦だった妻に家のことを任せっきりにしておいて、自分は若い女と浮気。それなのに妻の心が離れそうになったら俄然慌てる。そんな孝志の姿はあまりに滑稽だ。その上、焦りが性欲に直結するのだから、もう呆れるしかない。だが、恭子も恭子で、うまくいかない人生のすべてを他人のせいにしながら生きてきた不甲斐ない自分を目の前に突きつけられる。どっちもどっち、だったのだ。

 夫はどうして「したい」のか。妻はどうして「したくない」のか。理由を考えることで2人はそれぞれの本心を発見していくが、その過程には一切綺麗事も飾りっ気もない。「私はあいつと対等になりたい。夫婦生活を十年以上続けてきて、1人の人間としてちゃんと尊重されたかった」という妻。「俺はやっぱり恭子とずっと一緒にいたいです」と泣く夫。わかりあえそうで、わかりあえない。心が離れるばかりなようで、情が失せるわけでもない。不思議といえば不思議なこの関係性こそが“夫婦”の本質なのかと思うと、なんだかおかしいような、情けないような。

 ペーソスと呼ぶにはちょっと生々しすぎる感情が溢れるこの物語、大人になりきれない大人が増えた時代ならではの夫婦小説なのかもしれない。

 

今回描きたかった女性像とは。そして、夫婦間におけるセックスの重要性とは。
共同作業で本作を書き上げた足立紳さん・晃子さん夫妻の対談はこちら。

セックスレスをきっかけに、夫婦、そして子育てのあり方を問う家族小説──『したいとか、したくないとかの話じゃない』 足立紳・晃子夫婦対談〈その1〉(1/3)