映画『百円の恋』『アンダードッグ』などで知られる脚本家であり、近年は小説家としても活躍する足立紳さん。著作『喜劇 愛妻物語』などの映画化にあたっては監督を務め、着々とキャリアの幅を広げている。

 そんな足立さんの新刊『したいとか、したくないとかの話じゃない』が、2022年1月20日に発売された。『喜劇 愛妻物語』『それでも俺は、妻としたい』は、売れない脚本家と妻の夫婦関係をあけすけに描いた(ほぼ)私小説だったが、今回はご本人いわく「フィクション」。セックスレスをきっかけに、夫婦の、そして子育てのあり方を問う家族小説となっている。

 とはいえ、夫婦関係の生々しさ、実体験に基づくディティールの細かさは、本作にも受け継がれている。果たして、どこまでがフィクションなのか。今回描きたかった女性像とは。そして、夫婦間におけるセックスの重要性とは。共同作業で本作を書き上げた足立紳さん・晃子さん夫妻の対談をお届けする。

(取材・文=野本由起 撮影=山上徳幸)

 

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親から構われた結果、無職でも心が折れなかった夫。
共働きの親のもと、人に頼らない生き方となった妻。
親子関係が、それぞれの子育て観にも影響を及ぼす──

 

──作中では、子育てについても書かれています。孝志と恭子の息子は、発達障がいの疑いがある小学1年生。足立さんの息子さんも、自閉スペクトラム症と診断されました。コロナ禍では大変な思いをされていたようですね。

足立紳:一昨年の4月、小学2年生に上がるタイミングで休校になったんですね。最初の緊急事態宣言の時です。その時に、向き合う時間がぐっと増えて「この子、すごい扱いづらいな」と思って。学校から漢字の宿題を出されていたんですけど、大した分量でもないのに書き取りをさせるのがすごく大変で、癇癪を起こすようになって。「公園でみんなが遊んでいるから行こう」と誘っても、「嫌だ」って言うんですね。で、一度「嫌だ」というのが脳に入っちゃうと、もうテコでも動かない。

晃子:漠然とした不安があるんだろうね。コロナが何だかわからないし、多分空中に菌みたいなものがフワフワ浮いてると思ってるんじゃないかな。そういう漠然とした怖さがあるから、この部屋から出ないんですよ。コロナ以外でもとにかく知らないこと、初めてのことへの不安が極端に強い。5歳離れたお姉ちゃんは中1だったんですけど、同じように休校になって、みんなでこの家にいて。子供たちが外に出ないから、私たちは逃げるように散歩ばかりしてたよね。

足立紳:娘は娘で、友達と喋りながらオンラインゲームをするのにハマっちゃって。それも腹が立ってくるんですよ、「いつまでやってるんだ」って。ものすごい乱暴な口調だし。あの頃はファミレスも開いてなかったから、家で仕事をせざるを得なかったんですけど、息子と娘が目に入ってくるから全然手につかなくて。そうこうしているうちに、息子がどんどんヤバイことになってきて、彼女がいろいろ調べて、発達障がいをすぐに疑って。

晃子:もともとグレーかなと思っていたんです。保育園も行きしぶりがあったし、ママ友と話していても「うちの子、なんか違うな、育てにくいぞ」って。しかも、休校期間に暴れてぶったり蹴ったりしてくるようになったんだよね。特に私への暴力がひどくなった。

足立紳:そう。

晃子:これは様子がおかしいと思ったけど、どこに問い合わせても新規受付していなくて。いろんなところに電話しまくって小児心療内科に無理くり頼んだんだよね。で、診察を受けたら「自閉スペクトラム症」って診断されて。

足立紳:診断書を書いてもらって、療育(発達支援センター)に通うようになったんですけど。でも、予期せぬ出来事にまったく対応できないんです。保育園に通っていた時も、帰りにちょっと「夕飯のおかずを買うよ」と言うと、もうウワーンとなってしまう。

晃子:いつものルートじゃないと不安になっちゃうんだよね。

足立紳:今もルーチンが崩れると、激しく癇癪を起しちゃいますね。

──コロナ禍では、今までとガラッと生活が変わるわけですから、息子さんも不安だったでしょうね。

晃子:本当にそうですね。我々も不安だったけど、言語化出来ない子供は常に漠然とした不安があったと思います。それまでは保育園や学童に行っていたから、子供といるのは実質朝の2時間と夕方5時から寝てしまうまでの夜9時までだけだったけど、日中ずっと一緒にいると「あ、これは大変だ」と思って。そこで初めて、うちの子の育てづらさを認識した感じです。

足立紳:それまでは息子の特性をよくわかってなかったから、「間違えたら漢字を10個書け」とか九九を少なくとも10個問いてから遊べとか押し付けちゃってて。

晃子:今思えば、そのやり方はダメだったんだよね。

足立紳:こういう言い方は良くないと思うのですが、その時はなるべく「普通」に近づけたかったんですよね。発達障がいに対して、普通の子たちのことを「定型」って言うようなんですけど、世の中は定型の人たちに合わせて作られているので、この先どうやってもうちの子は苦労しちゃうなと思って。今はもう諦めも入ってて、なんとかコイツなりの生きやすい場所を見つけられればいいなと思ってますけど。

晃子:諦めっていうか、トリセツがあればいいんだよね。今まで私たちがやってきた方法論が通じないから。ほんとは1番いいのは世の中がこういう子でも住みやすくなることだと思うけど、そうなるのは100年くらい先なんじゃないかって思う。

足立紳:不登校の子がいっぱいいるのは知ってたし、ウチらの頃から登校拒否の子っていたじゃない? でも、いざ自分の子が不登校になると、「こんなにテンパっちゃうんだな、俺は」「俺、こんなにダメだったんだ」っていうのはものすごく感じましたね。自分自身は敷かれたレールの上を歩いてきましたけど、レールから外れることにここまで自分が不安になるとは思わなった。映画なんか作りながら、色んな生き方があるなんてカッコつけたこと言ってるくせに自分の身に降りかかってくると受けきれなくて。情けないですけど。

晃子:学校に行かないから本人がラクかと言ったら、そうじゃないしね。すごく苦しむじゃん。学校行かなきゃいけないのに、行けない自分がいるから。鬱っぽくなって、毛布にくるまってご飯も食べなくなっちゃう。それを見ているのもつらくて。

足立紳:かわいそうだよね。

晃子:解決策はないんだけどね。

──そういった子育てのことも、小説に書かれていますね。しかも、子供のことが夫婦の関係にも影響を及ぼします。

晃子:夫婦ふたりの頃は、夫婦間だけのことでケンカしてたけど、子供がいるとそれだけじゃすまなくて。子供に対する考え方も違うから、お互いの人格否定も入っちゃうし、なんなら相手の親の育て方とかの否定も入ったりして、もうドツボにはまっちゃいます。かなり深いケンカになっちゃう。お互いが子供のことを真剣に考えているがゆえに。子供が荒れ始めたことで、私たちの関係も悪くなっちゃって。でも私、こういう子供や夫の話をママ友にバンバンするんですよ。そうすると、大抵の人が身内に誰かしらいるんですよね。「弟がそうだった」とか「親戚のおじさんがそうだった」とか。今みたいに診断がついてない時代も、誰かしら身近にそういう人がいたんだなって。それで理解のあるママ友たちががんがん助けてくれる。

足立紳:男親はそういう逞しさはないね。それに俺もおそらく発達障がいだろうね。息子と一緒にいろんな療育とか病院に行って喋ってると、「あ、俺も完全に当てはまる」と思って(笑)。今度診断してもらおうと思ってるんですよ。あと、映像作品では発達障がいらしき人はよく出てくるのに、それを言葉として出してドラマのテーマとすることには企画者たちはまだまだ抵抗があるようで、企画書を書いてもなかなか成立しない。この小説ではそれが少しでもやれたのは個人的には良かった。

晃子:ウチは、調べたら全員なにかしらの診断がつきますよ(笑)。そういう一家のドラマや映画も面白いと思う。正解の形なんてないけど、一つ一つの形を提示していくしかないんだろうし。

──子育てに悩んでいる方が読んでも、勇気づけられるのではないかと思いました。親子関係で言えば、孝志とその母、恭子とその母の関係も描かれていますよね。孝志は親から全肯定されて育ちましたが、恭子はそうではない。そういった親子関係が孝志と恭子、それぞれの子育て観にも影響を及ぼしています。

晃子:紳のお母さんは、紳のことが大好きなんですよね。私と結婚した頃、紳はずっとヒモだったんですけど、「晃子ちゃん、紳と結婚できて良かったわねー。面白いでしょう? 最高よ、あの子は」って。あの頃、紳は35歳ぐらいで無職だったから、「いやいや、あなたの息子、まあまあヤバいけどな」って思ってましたけど(笑)。で、向こうが絶大な愛で来るから、この人もお義母さんを頼るし、それを見てるとこっちは腹が立つし(笑)。一生懸命、自立した人生を目指してきた身としては(笑)

──その一方で、恭子は子育てをするうえで、孝志の母親のように息子を全肯定するのが正解なんじゃないかと思う。そういった子育ての逡巡も描かれています。

晃子:ウチは、両親が共働きですごく忙しかったんですね。私はあんまり構ってもらったことがなくて。でも彼は全力で構われてきて、その結果、無職でも心が折れなかった人間ができあがったのかなと。私は他人に頼らない生き方を目指していたし、一応は自立した社会人だったけど自己肯定感がとても低いんです。自分が子育てしてみると、「この人みたいに育てられたほうが良かったのかな」って悩んだんですよね。子育てって悩みの連続じゃないですか。子供一人一人で育て方が違ってくるから正解もないし。

──(小説の内容が)夫婦の話から子供の話、母親世代の話になっていく変遷、その構成も面白かったです。

晃子:自覚してなかったけど、確かに。

足立紳:してなかったんだ。

晃子:今まさに子育てをしているお母さんは、本を読む時間なんてないと思いますけど、読んでほしいなぁ。寝る前とかに朗読で聞いてもらえたらいいなー(笑)。産前産後や育児中は目が疲れるから。読むと、百人百様いろんな意見があると思うんですよ。みんな生き方が違うから、感情移入できる人もいればできない人もいると思う。読んだ方から、そういう話を聞くのも楽しいですよね、きっと。

──具体的な結末については言えませんが、ハッピーエンドと捉えていいのでしょうか。

足立紳:自分としては、めちゃくちゃハッピーエンドのつもりです。恭子の一皮むけた姿を見せたかったので。

晃子:だとしたら、これは恭子の話かもね。孝志は変わってないよね。

足立紳:孝志も変わったよ。そういう意味でもハッピーエンド。結婚も離婚も悪くないなと思ってほしいです。