第3回Twitter文学賞国内編第1位を受賞した『本にだって雄と雌があります』の衝撃から、9年。最も刊行が待たれた作家の最新作、『残月記』がついに刊行された。

「なんと豊かな物語性だろう。娯楽に徹しながら、あきらめとその先にあるものまで見せてくれる」(東山彰良氏)、「打ちのめされた。あまりに豊穣な詩と魔術。古今を貫いて比類がない、これから千年輝き続ける現代小説の最高峰」(真藤順丈氏)、「かくも苛烈で静かな恋愛小説がかつてあっただろうか」(大森望氏)、「この三つの物語が刻印されてしまったら、もう以前と同じように月を見上げることはできない」(豊崎由美氏)。

 諸氏にそう言わしめる本作は、全編「月」をモチーフに、計り知れぬ想像力で構築した三つの異世界を舞台にした物語だ。近未来の日本の独裁政治下、人々を震撼させる感染症「月昴(げっこう)」に冒された男の宿命と、傍らでひっそりと生きる女との一途な愛を描ききった表題作ほか、二編を収録。

 著者にとって初めての作品集に込められた思いとは――?

 

■インタビュー前編はこちら

 

──小田さんの文章や比喩表現は、イメージを強く喚起させます。言葉を紡ぐうえで、もっとも大切にしていることは?

 小説は、いったん書きはじめたら、書きつづけ、書き終えねばなりません。偉大な文豪の絶筆作品でもないかぎり、未完成の作品に価値はありません。つまり、通常はどんな作品であれ、書き終えてはじめて価値が出てくるということです。

 ところが、僕にとって作品を最後まで書きとおすということはとても難しいことなのです。現実に存在しないものや、起こり得ないことを書くという作風も深く関わっていると思いますが、とにかく作品世界にのめりこみつづけることに困難を感じるのです。書いているあいだ、しょっちゅう素に返ってしまい、馬鹿馬鹿しいことを書いているな、という気分に陥ってしまう。夢中になって書いていたはずが、一夜明けると、もう作品世界からはじき出され、きのう書いた場面にどうしても白けた感じをおぼえてしまう。その嫌な感覚をやわらげるために、ああでもないこうでもないと言葉を費やして、少しでも緻密で迫真性のある作品世界をつくろうと試みる、僕の文章はそのためのものです。読者のためと言うよりは、自分自身を、作品世界につなぎとめるためのものです。

 大半の読者が小説の文章に何を求めているか、承知しているつもりです。読みやすい、平易な文章、これに尽きると思います。しかし小説家にとって、もっとも大事なのは、作品を最後まで書きとおすことであり、そのために必要な文章というものが、それぞれの小説家にあると思います。結局のところ、もっとも大事にしなければならない読者とは、その文章を最初に読む、書き手自身です。どんな書き手であれ、自分の文章を憎みながら、あるいは蔑みながら、作品を書きとおすことはできないと思っています。

──全編を通して、小田さんがいちばん好きなシーンは? その理由も教えてください。

 難しい質問ですが、強いて言えば、表題作「残月記」での、剣闘競技会の最後のトーナメントのシーンです。ここを境に、物語の方向性が変わります。死を覚悟し、それでもなお昂揚の極みにあった主人公の運命が、一気に変転するのです。僕は、ひねくれた性格なので、人間が転落する瞬間、屈服する瞬間、敗北する瞬間に強く惹きつけられます。勝つことは青春であり、負けることは人生だと思います。順風満帆の人生に、負け知らずの英雄に、いったい誰が興味を持つでしょう。一将功成りて万骨枯る、という言葉がありますが、名もなき万骨の人生こそ、たとえ虚構としてでも、物語られることを必要としていると感じます。

──これから、どんな作品を書いていきたいですか?

 これまで書いてきた作品のほとんどが、行き当たりばったりの奮闘の中から偶然生まれたもので、書きたいと胸の内で温めているものほど書けないという思いがあります。書きたい作品ほど、力が入りすぎて書きはじめることが難しく、書き終えることはさらに難しい。気負いが大きければ大きいほど、こうなるはずではなかったと、手が止まってしまう。また、こういうものを書きたいと言葉にしてしまうと、逆に遠ざかってゆくような気がしてしまう。だから僕は、書きたい作品について具体的に語るのが好きではなく、強いて語れば、漠然とした答えになってしまいます。

 小説家は誰しも、自分が生きる時代の空気と無縁ではいられません。その空気に自分の作風を合わせてゆくことに苦痛を感じるか否かにかかわらず、食べていけるものを書く以外に道はないのです。しかし僕は、そんな時代の空気になんとなく退屈している自分をずっと感じています。小説についてももちろん同様で、自他を問わず、ほとんどの作品が時代の空気に生ぬるく包まれすぎているような気がしています。つまり、時代の移り変わりとともに、ほとんどの作品が一緒に押し流され、忘れ去られてゆくだろうと思うのです。それが残念でならず、自分を押し包んでいる時代の空気から一歩でも半歩でも足を外に出せないものだろうかと考えてしまいます。もしいつかそれができれば、僕の作品は時の流れにたえることができるかもしれない、そんな希望を持ちながら、できるだけ長く書きつづけたいと思っております。

 昨今、日本という国の衰退を憂える声がますます高まっておりますが、僕としても、日本の文化発信力までが低下しつつあるのではと非常に危惧しております。小説というものは、そもそもほかの娯楽と較べても微々たる影響力しか持ちませんが、まったくの無力ではないと信じております。今後、日本の小説を発展させるには、多くの優れた作品が書かれる必要がありますが、本作がその中のささやかな一作として多くの人に認められ、ひろく読まれることを切に願っております。

 

小田 雅久仁(おだ まさくに)プロフィール

1974年宮城県生まれ。関西大学法学部政治学科卒業。2009年『増大派に告ぐ』で第21回日本ファンタジーノベル大賞を受賞し、作家デビュー。12年に刊行した受賞後第一作の『本にだって雄と雌があります』で、第3回Twitter文学賞国内編第1位を獲得するなど熱い支持を得る。本作が待望の三作目となる。