『結婚のためなら死んでもいい』など、女性ならではの問題を扱った作品が多い南綾子さん。最新刊で描くのは就職氷河期世代とその人生。
非正規アラフォーで独身の凛子が目を覚ますと、そこは1999年の東京――。時代は再び就職氷河期だった。同じく過去に戻ってきた鶴丸と二回目の人生は勝ちに行く! と決心するものの、当時は何も思わなかった劣悪な労働環境や男女差別など社会の歪さが襲ってきて……。
「小説推理」2021年12月号に掲載された門賀美央子さんのレビューと帯デザインと共に『タイムスリップしたら、また就職氷河期でした』をご紹介する。
■『タイムスリップしたら、また就職氷河期でした』南綾子
昔から「人生やり直し」をテーマにする小説は様々書かれてきたとはいえ、近年の数の多さには眼を見張るものがある。それだけ生きづらい世の中なのだろう。ライトノベル方面では、ファンタジー的異世界にまったくの他人として生まれ変わるいわゆる“異世界転生もの”が花盛りだが、一般文芸の世界では自分自身の人生をやり直すパターンが多い。本書『タイムスリップしたら、また就職氷河期でした』は、後者の系統に属する一冊だ。
物語の概要はタイトル通りで、主人公である桜井凜子と鶴丸俊彦の二人は、二〇一九年から一九九九年にタイムスリップしてしまう。もっとも、現代の「自分」が体ごと飛ばされるのではなく、二十二歳の体にアラフォーの意識が宿るだけなので、タイムトラベル型ではなくタイムリープ型の時間移動をした、というわけだ。
一般的に就職氷河期とは一九九三年から二〇〇五年までを指すが、二人が就職活動をした一九九九年は氷河期が最高潮(どん底?)に達していた時期だ。バブル崩壊後の不景気が継続していた上、最大の人口ボリュームゾーンである団塊世代がまだ現役だったために席が空かず、有効求人倍率は〇・五前後が続く。超買い手市場ゆえに、パワハラセクハラ当たり前。労働基準法違反も平気でまかり通る。凜子と鶴丸も非正規雇用に甘んじ、普通に仕事をしているだけで自尊心が削られる日々を送らざるを得なかった。
そんな二人だから、アラフォーの経験や知識、さらに未来の出来事を知っているという超チートなアドバンテージを携えて過去に戻ったというのに、当初は揃いも揃って引きこもって泣き続けるだけだった。ここに、著者の巧みなキャラ設定が見えてくる。自信を持てないままただ年だけを重ねた彼らは、たくましさも柔軟性も失い、ただ幼稚さだけを残す人間になり果てていたのだ。だが、そうなったのは、社会が成長の機会を尽く奪ってきたからである。
当然、二度目の人生も順調にいくはずがない。しかし、わずかな経験と21世紀人としての“常識”はまったく無駄ではなかった。少しずつだが、社会の理不尽に身の丈で立ち向かうだけの根性を見せ始めるのだ。そして、未来にわずかばかりの光を灯していく。人生は生まれつき決定してはいない。やれることは限られているけど、やれるだけやっていれば確実に何かが変わる。平凡な人間の戦い方を見せてくれる本書、氷河期世代だけでなく若い人にも、いや若い人にこそ読んでほしいと思う。