足軽からの胸アツ出世物語に、ハマるサラリーマン続出の「三河雑兵心得」の最新7巻が発売された。

 今作では、家康三大危機の大トリ「伊賀越え」が描かれる。信長の死によって、突如、敵地と化した畿内を脱出するため、家康主従は伊賀を越えて本国三河まで逃げることを決意する。だが、後ろからは明智軍、前には落ち武者狩りや、天正伊賀の乱の復讐に燃える伊賀者が立ちはだかる。一行の殿軍についた茂兵衛は、血と泥に塗れながら伊賀路をひた走ることに――。

 そんな絶対絶命のピンチを、茂兵衛は、家康一行はどう切り抜けるのか?

 書評家・細谷正充さんのレビューで『三河雑兵心得 伊賀越仁義』をご紹介します。

 

■『三河雑兵心得 伊賀越仁義』井原忠政

 

 井原忠政の「三河雑兵心得」シリーズが絶好調だ。二〇二〇年二月に双葉文庫から出版された第一弾『足軽仁義』を皮切りに、すでに六冊を刊行。そしてこの度、最新刊となる第七弾『伊賀越仁義』が上梓されたのである。文庫書き下ろし時代小説というと、江戸の市井を舞台にしたものが多く、戦国小説は少ない。しかも架空の人物を主人公にしたシリーズ物は希少である。そのような作品で人気を獲得したという事実が、本シリーズの面白さを証明しているといっていい。この書評では、主人公の活躍の軌跡を振り返りながら、『伊賀越仁義』の魅力を語ってみることにしよう。

 植田村の農民の茂兵衛は、乱暴者だが生一本な、十七歳の若者だ。喧嘩のはずみで人を死なせた彼は、弟の丑松と村を出奔。寺に入った弟と別れ、松平家康(後の徳川家康)の家臣・夏目次郎左衛門の家来になった。しかし三河では家康と一向宗の家臣が対立中だ。一向宗側の夏目次郎左衛門に従い、野場城に籠城した茂兵衛は、朋輩となった辰蔵や、再会した丑松たちと共に、一介の足軽として戦国の世に足を踏み出していく。

 というのが『足軽仁義』の粗筋だ。結局、夏目党は家康の家臣に戻り、第二弾『旗指足軽仁義』で茂兵衛たちは本多平八郎の配下となる。この二巻までに、横山左馬之助・乙部八兵衛・綾女の三人と、深い因縁が生まれ、シリーズを通じての読みどころになっている。特に綾女に関しては、『伊賀越仁義』で驚くべき展開を迎え、シリーズの続きが気になってならない。

 おっと、先走りすぎた。話を戻そう。足軽を振り出しに、戦働きを認められ、しだいに出世していく茂兵衛。第三弾『足軽小頭仁義』では、足軽小頭になり、部下を使うことの難しさを知る。第四弾『弓組寄騎仁義』では、戦場で面倒を見てくれた茂兵衛に惚れ込んだ松平善四郎(家康の縁戚)に勧められ、彼の姉の寿美を娶る。しだいに家康にも認められるようになり、第五弾『砦番仁義』では、武田側の拠点である高天神城への補給路を断つなど、難しい働きを任せられるようになった。

 第六弾『鉄砲大将仁義』でも、武田家から織田家に寝返った穴山梅雪の妻子の救出など、相変わらず困難な仕事を命じられる。そして武田家滅亡を経て、ついに本能寺の変が起こるのだ。いち早く事態を察知し、家康の下に駆けつけた茂兵衛は、その流れで家康三大危難のひとつといわれる〝伊賀越え〟に加わることになる。

伊賀越之道

 さて、『伊賀越仁義』の内容に触れる前に、あらためて本シリーズの魅力に触れておきたい。最初に挙げるべきは、茂兵衛のキャラクターだろう。乱暴者だがお人好し。槍に優れ、敵を殺して出世していく。だが一方で、相手の事情や年齢を知って、敵を見逃すこともある。また、首を獲ることが苦手で、しばしば首級を放棄するのだ。どんなに出世しても武士の美学を持たず、人間臭い感情を露わにする茂兵衛は、それゆえに格好いいのである。

 しかも作者は茂兵衛の性格を巧みに利用し、彼の出世のペースを抑えている。なぜならシリーズのタイトルが「三河雑兵心得」ではないか。あくまで〝雑兵〟の立場と視点で、戦国時代の流れを描いているところに、本シリーズの注目すべきポイントがある。だから茂兵衛は雑兵でなければならないのだ。

 とはいえ『鉄砲大将仁義』で、雑兵のトップというべき足軽大将にまで出世してしまった。これからどうするのかと思ったところに〝伊賀越え〟である。堺から京に向かう途中で織田信長の死を知った家康は、少人数で三河まで逃げ戻るのだ。この一行には穴山梅雪たちもいたが、殿を引き受けるふりをして逃亡。しかし落ち武者狩りに遭遇し壊滅する。前作で梅雪と縁のできた茂兵衛は、彼らの動きを見張り、梅雪の家来で、仲のよい有泉大学助を助ける。怪我をした大学助に、現れた横山左之助、本多平八郎が残してくれた若い花井庄右衛門を加え、四人で家康一行を追う茂兵衛。はからずも別動隊のようになり、落ち武者狩りの甲賀者と戦う。さらに平八郎たちと合流するが、陽動隊として行動することになるのだった。

 といった感じで、茂兵衛は家康一行と行動を共にするわけではない。なるほど、伊賀越えを活写するのに、こんな方法があったのかと感心した。もっとも本シリーズは、姉川・三方ヶ原・長篠などの有名な合戦も、茂兵衛の視点により一味違うものになっている。たとえば長篠の戦では、有名な鳥居強右衛門のエピソードに茂兵衛が関係するのだが、こういう風に絡めてくるのかと、やはり感心したものだ。史実を踏まえながら茂兵衛を躍動させる、作者の手腕は並々ならぬものがある。

 そして伊賀越えが終わっても、物語はまだ半ば。後半は、信長という重石がなくなった家康が、武田の領地を切り取りに行き、茂兵衛たちは新たな戦に身を投じる。ここで本シリーズは、大きな転換期を迎えたといっていい。なぜなら家康が、ようやく時代に動かされる者から、動かす者になったからだ。作中で書かれているように、天下も薄っすらと見えてきた。家康の立場が変わることで、茂兵衛の立場も変わっていくことだろう。

 しかし茂兵衛の性根は変わらないのではないか。一介の足軽時代から、彼の戦いは泥臭い。槍でぶっ叩き、手でぶん殴り、頭突きをする。刀の扱いは下手だし、よく攻撃も受ける。とにかく生き残ればいいのだと、格好など気にせず戦うのだ。

 そんな彼が、武田攻めの最中に見た光景が忘れがたい。落とした中牧城の二の丸の物見櫓で、配下の寄騎三人が、朗らかに談笑していたのだ。そのうちのふたりは、長い付き合いの辰蔵と、深い因縁のある横山左馬之助だ。これを見た茂兵衛は(俺が見たかったのは、つまり、こういう景色だったんだろうなァ)と考え、綾女の「共に笑い、共に泣く生の暮らしの前では、古びた怨讐など馬鹿らしく思えて参ります」という言葉を思い出す。七転八倒しながら出世していく茂兵衛だが、彼の心の核は汚れない。純粋な想いで、誰もが笑い合える世界を求めているのだ。

 しかし歴史を俯瞰すれば分かるように、家康はさらなる激しい戦いに向かうことになる。家康が非情な戦国武将になるのはしかたがないと思いながら、馴染めないものを覚える茂兵衛。彼の人生は、これからどうなっていくのか。家康が天下を取るまで、生き延びることができるのか。まだまだ続く茂兵衛の戦いを、最後まで見届けたいのである。