舅の工房で輪島塗の修業に精を出す笠原武大。金沢の親戚の家に間借りして高校に通う娘の萌子。かつて武大が冤罪で収監された刑務所から脱獄したことも、萌子が誘拐されたことも、すべて過去になったかのような穏やかな日々が続いていた。
しかし萌子はある日、かつての事件の主犯とも言える人物が〈復活〉していたことを知る。その直後、離れて暮らす父娘は何者かに同時に襲撃を受けた。武大は拉致されてしまうが、萌子はバイクでかろうじて逃亡する。
父娘をよく知る警察庁警備局公安課特別捜査室〈サクラ〉の田臥と室井は、事件の報を聞き、過去の事件との関連を疑う。いったい何が起きているのか──?
お待ちかね、『デッドエンド』『クラッシュマン』に続くシリーズ第三弾である。過去の経緯は本書でも詳しく説明されているので、本書から手にとられてもまったく問題はない。だが既刊も併せてお読みいただくと登場人物の背景がわかって、より深く楽しめることと思う。
今回の読みどころは何と言っても萌子の逃亡劇だ。抜群の頭脳と身体能力を誇る萌子だが、敵は権力を使って彼女を追い詰める。危機を寸前でかわす、そのスリル。監禁された父親の様子。手を差し伸べてくれる人との束の間の交流。緊張とほどよい緩和の繰り返しでまったく飽きさせない。追う側の手段も手が込んでいて、匿名ネットのTorを通じ、彼女に賞金をかけて手配するなど今時の冒険小説らしい演出にわくわくした。同時に、今やこれは現実にあり得ることなのだと気づき、背筋が寒くなる。
この「現実にあり得る」というのが、このシリーズの核だ。今回の陰謀の中心は日本の原発問題だが、本書を読めば、その細部に至るまでことごとく現実が下敷きになっていることは明らか。劇画的な悪役の造形や天才女子高生などのフィクショナルな設定が本書をエンターテインメントに仕立ててくれているが、実際にここに描かれている事態にはまったくの絵空事とは思えないリアリティがある。それが怖い。だからこそ、その現実に立ち向かい、清々しく打ち破ってくれる萌子に胸がすくのだ。
武大の過去の恋人、有美子の再登場と活躍にも注目。今回は父を助けるため、恋人を救うため、女たちが戦う物語でもある。現実に裏打ちされたシビアな設定と、それを撃破する活劇。巨悪に戦いを挑むヒロインたち。冒険小説の醍醐味が詰まった一冊だ。