2024年に安倍首相銃撃事件をモデルにした小説『暗殺』が20万部を超えるベストセラーとなり、再注目を浴びている著者の人気シリーズ最新作が刊行された。善と悪が激突するド派手な集団戦、交錯する愛と友情、苦闘の末に掴む勝利など、大衆が求めている要素がてんこ盛りだ。
文芸評論家・池上冬樹さんのレビューで『ブレイクスルー』の読みどころをご紹介します。
■『ブレイクスルー』柴田哲孝 /池上冬樹 [評]
まず何といっても、昨年の2024年6月に刊行された『暗殺』(幻冬舎)から話をはじめよう。近年最大の問題作であり、まだ1年もたたないのに20万部を突破したベストセラーでもあるからだ。
柴田哲孝といえば、下山事件に私的ノンフィクションの手法で挑んだ『下山事件 最後の証言』、真珠湾攻撃や山本五十六の死の真相に迫る短篇集『異聞 太平洋戦記』、阪神淡路大震災の謎を追及した『GEQ 大地震』など、事実を掘り下げて大胆な結論に至る秀作を発表してきているが、『暗殺』もその一つ。
これは2022年7月8日に起きた安倍元首相暗殺事件を題材にしたサスペンス小説である。いちおう「この物語はフィクションである」と冒頭に謳い、実在する人物名も団体名もすべて仮名になっているが、追及されるのは実際の事件の細部だ。
たとえば、致命傷となった銃弾が遺体から消えたにもかかわらず、警察が深く調べることをしなかったのは何故なのか。しかも3カ所の銃創の中には、壇上に立つ被害者を低い位置から撃った凶弾のほかに、逆方向の高い位置から右前頸部に着弾したものがあったのに、警察はこの解剖所見を無視したのは何故なのか。犯人は1発に6個、2発で12個の散弾銃を発射したというが、元首相に1発か2発当たったとして残りの10個の銃弾はどこにいった? 元首相の周辺には200人以上の聴衆がいたのに流れ弾が1発も当たらないことはない。空砲だったのではないか?
しかも大胆なのは、本書を1987年の赤報隊事件から始め、令和という年号に隠された意味を明らかにし、右翼や宗教団体がうごめく政治の裏側を激しく暴いている点だろう。おそらく陰謀論として受け流す人もいるかもしれないが、「そもそも歴史は、“陰謀”の積み重ね」であり、暗殺事件の膨大な事実を一つひとつ篩にかけて検証していくあたりは、さすが『下山事件 最後の証言』の著者ならではの名探偵ぶりでわくわくする。政治的右派も左派も注目のサスペンスだ。
『暗殺』にかぎらず、ここまでにあげた作品がみなそうだが、柴田哲孝は日本の政治や社会の闇を暴く。『チャイナ・インベイジョン 中国日本侵蝕』『国境の雪』では中国や北朝鮮の動向をしかと探り、いま世界で何が起きているのかを見据えている。それはストーリーテラーの名手ぶりを発揮するデッドエンド・シリーズでも変わらない。第1弾『デッドエンド』では原子力発電利権、第2弾『クラッシュマン』では伊勢志摩サミットのテロ計画、第3弾『リベンジ』では高速増殖炉「もんじゅ」をめぐる利権と北朝鮮テロ、第4弾『ミッドナイト』ではロシアのスパイとアメリカの最新鋭戦闘機Fー35の最高機密問題、そして第5弾の本書『ブレイクスルー』では巨大企業による地方都市乗っ取り問題である。
というと社会派サスペンスのイメージをもたれてしまうが、あくまでもデッドエンド・シリーズはノンストップのアクション小説である。事実と虚構の境界をたくみについて主題を強くうちだして、読者の見方を変えるけれど、しかしあくまでも読む愉楽を作者は追求している。何よりもまず面白いのだ。その面白さについていうなら、本書『ブレイクスルー』がシリーズの中でいちばんだろう。『ミッドナイト』ではクラシック音楽とランボーの詩を多数引用して音楽的かつ文学的に物語っていて、何とも優雅なアクション小説で独特の趣を醸しだしていたが、本書では徹頭徹尾アクションである。それもハリウッド・エンターテインメント顔負けのノンストップぶりだ。デッドエンドものの第5作であるけれど、単独でも充分に愉しめるし、本書を最初に読んでも問題はない。本書を読めば、まちがいなく遡ってシリーズを全作読みたくなるだろう。それほど魅力的なシリーズだ。
物語は、元北朝鮮の殺し屋グミジャが、淡路島で、ギャザー警備の社長を撃ち殺す場面から始まる。オートバイで逃亡をはかるものの、社長は元暴力団組織の組長であり、手下たちが網をはり、島から脱出できなくなる。
同じ頃、女子大生の笠原萌子はオートバイに乗り、淡路島を訪れていた。友人の学生・南條康介たちと連絡がとれなくなり、行方を探しに来ていたのだ。だが折悪しく、萌子は女殺し屋に間違われて追われることになる。間一髪のところで、女殺し屋に助けられ、2人はバイクで逃避行を続けるが、ドローンで把握され、絶体絶命のときにクロスボウをもつ男に助けられる。男が警備会社の社員1人を殺し、グミジャがもう1人を撃ち殺す。
警察庁公安課特別捜査室「サクラ」の田臥健吾に事件の報告が入る。気になったのは、使用されている9ミリパラベラム弾だった。2年前、元警視庁刑事部長の大江が仙台で殺され、大江のベレッタM92Fが消えた。その銃が兵庫県警の指定暴力団同士の抗争で使われたとなれば、田臥たち“本社”の出番だった。
大江が殺されたとき、ホテルの部屋から1人の女が消えた。数日後には田臥の部下の矢野アサルと銃撃戦を演じた。グミジャだった。被弾したアサルの胸から摘出された弾は9ミリパラベラム弾で、線条痕検査から、使われたのは大江の拳銃だった。グミジャは2年前、福島第一原発の避難指示区域内で姿を確認されたのを最後に、完全に消息をたっていた。田臥はアサルをよびだして淡路島に向かう。
一方、萌子の父親の笠原武大も、娘と連絡がとれなくて心配になっていた。南條康介の父親・南條慈海と連絡をとると、康介を探しに淡路島にオートバイで向かった話を聞く。2人の父親はヤマハとハーレーダヴィッドソンのバイクを駆って、一路淡路島へ。
いやあわくわくする。こころおどるアクション小説だ。終盤のカットバックによるアクションの連続には体が熱くなるのではないか。実にグラフィカルで、まことに映像的なのだが、映像に奉仕した小説ではなく、人物たちのエモーションがまずあり、その感情によって動きが形作られていく。あらかじめ決められたカット割りでの場面の連続ではなく、人物たちのわきたつ感情と強い動機によって行動がなされる。だからこそひとつひとつのアクションに説得力があり、熱気をおび、白熱して、読む者の胸も熱くなるのだ。
マーク・グリーニーの暗殺者グレイマン・シリーズとリー・チャイルドの元軍人ジャック・リーチャー・シリーズが、現在世界最高レベルのアクション・シリーズと見ているが、本書の柴田哲孝は、2つのシリーズ以上の多視点を使い、それをこまかく切り換えて、読者に息つく暇を与えない。次から次へと展開する活劇の数々が、実に颯爽としていて昂奮させるのだ。スケールは小さいし、物語は全く違うのだが、アメリカン・コミックを原作としたハリウッド映画の大ヒット作(『アベンジャーズ』や『ザ・スーサイド・スクワッド“極”悪党、集結』など)を思い出した。タフで殺しも厭わないハードボイルド・ヒロイン、善と悪に分かれたグラフィカルな集団闘争劇、友情と愛の絆、勝利の獲得など、大衆が求めているものが生き生きと複雑な物語にとけこんでいるからだ。
そしてシリーズファンにとっては、シリーズ・キャラクターが勢ぞろいするから嬉しくなる。笠原武大と娘の萌子、サクラの田臥健吾、部下の室井とアラブ系の矢野アサル、そして北の元工作員グミジャ。とくに萌子とグミジャがいい。デッドエンド・シリーズとは笠原武大と田臥健吾が主役をはる物語ではなく、萌子とグミジャの物語ではないのかといいたくなるほど、本書での2人の活躍が圧倒的だ。グミジャが萌子との出会いを語り、“4年前の笠原とのことを思い出した。あの官能的な日々を”(54頁)とあるのは第3弾『リベンジ』であり、ここですでに萌子がオートバイを乗り回して逃走する場面も出てくる。ついでにいうなら、本書に出てくる男友達の南條君も『リベンジ』に登場し、2人で謎を解いていく。もうひとつ、たびたび言及されている元刑事部長が仙台で殺された事件は、第4弾『ミッドナイト』の事件であり、敵役としてグミジャも大暴れするけれど、どこか人間的な要素をもつようになり、このへんから作者のなかでグミジャに対する愛が強まった感があるが、どうか。
というのも、本書を読みながら、逢坂剛のエッセイを思い出した。逢坂剛に『禿鷹の夜』で始まる禿鷹シリーズがある。史上最悪の刑事・禿富鷹秋、通称ハゲタカを主人公にした痛快アクション・シリーズだが、最初の構想では、「主人公にさんざん悪いことをさせておいて、最後にはみじめにくたばるという、そんな結末にする予定だった」が、「編集部や読者から禿鷹のキャラがいい、という意見が出て」「間違っても、最後に禿鷹を殺す結末にはしないでほしい」という注文がついたとか(以上引用は文春文庫『兇弾 禿鷹Ⅴ』所収エッセイより)。そのため仕方なく禿鷹を殺さないでシリーズを進めたのだが、第4作『禿鷹狩り 禿鷹Ⅳ』で禿鷹を殺し、禿鷹抜きの第5作『兇弾 禿鷹Ⅴ』でシリーズを終わらせた。そうしたら「老後の愉しみをどうしてくれるのだ? このシリーズを死ぬまで読んでいたかったのに!」というお怒りの電話が編集部に届いたことを、僕は直接編集者から聞いたことがある。
おそらくそれと同じことを、デッドエンド・シリーズの読者は思っているのではないか。グミジャは『リベンジ』から登場しているが、最初はあっさりと殺すはずが、書いているうちに読者や編集者から注文がついて、さらに作者のなかでも愛着が出てきて、シリーズに続けてだすようになったのではないか。それほどグミジャの場面は生き生きとした筆で描かれているし、本書ではいちだんと魅力的で、グミジャを主人公にしたスピンオフの小説すら期待してしまう(ぜひ書いてほしい!)。
期待といえば、個人的なことになるが、『デッドエンド』や『クラッシュマン』で見せた狙撃小説としての側面をもっともっと拡大して、まるごと一冊、狙撃小説を読んでみたくなる。萌子とグミジャに隠れているが、『クラッシュマン』から登場したサクラのアラブ系の矢野アサルもクールな狙撃小説にはうってつけのような気がする。精神的にも肉体的にもタフでありながら、どこか暗い情熱をひめた女性刑事として忘れがたい。今後のあらたな展開をのぞみたいものだ。
ともかくデッドエンド・シリーズは、5作目の本書でいっそう読者を獲得するのではないかと思う。死ぬまで読み続けたいシリーズと思う読者もいるだろう。打ち切ることなくずっと書き続けてほしい傑作シリーズだ。