これは見事だ。心の底から読ませる物語だ。秘密を抱えて生きている僕らはこういう作品を待ち望んでいたのだ。細やかな季節描写に光の粒子まで見えるような空気感。肌に際どく突き刺さるような人間模様がたまらない。冒頭からラストに至るまでまったく隙を見せない展開。張り巡らせた企みにいったい何度膝を打ったかわからない。

 しかしなんと生身の感情を曝け出したストーリーなのだろう。フィクションと知りながら、ここには嘘偽りのない真実が地層となって描かれている。紛れもない「いま」という時間を疾走するこの物語は、地の底から湧き上がる音楽のようだ。登場人物それぞれが奏でるメロディーは心地よい協奏曲となれば、ある瞬間には耳をつんざくような不協和音にもなる。

 人は誰もが人生という名のステージで筋書きのないドラマを繰り広げる。光と影が印象的な物語は数多あれども、美と醜との狭間にあるグレーゾーンを鮮やかに描き出せる作家は稀である。一寸先も見えない暗黒の夜。太陽の光も鮮やかな昼間の喧騒よりも、草木の眠る闇夜にこそ人間の生まれ持った感性は研ぎ澄まされ、仮面の下の素顔もまた生々しい表情を映し出す。

 デビュー作『明け方の若者たち』の衝撃もそのままに、著者の圧倒的な才能とスタイリッシュな文学センスは、第二作であるこの『夜行秘密』によって早くも完熟の域に到達したといえよう。颯爽とふるう筆は名指揮者のタクトのようだ。物語ることの本当の意味を知る、信頼を置くべき作家としての地位を確立したといっていい。

 表現者として大衆に迎合した作品を創るのか。それとも売上的には厳しくても己の信じた芸術性を極めるべきか。作品の質とそれを生み出す人格は別物なのか。物語の巧みな展開の中にアーティストの葛藤も埋め込まれ、著者の肉声も伝わってくる。

 運命はかくも心を掻き乱す。流れる音楽はあまりにも切なく、通り過ぎる風景はとてつもなく愛おしい。読み終えればきっと眼前の景色が一変したように感じるはずだ。何気ない出会いや日常の些細な出来事が実は人生を左右するかもしれない。むき出しの感情を凝縮させたこの悲喜劇は、記憶の奥底にしっかりと刻まれる。魂の叫びはどこまでも共鳴し、心を揺さぶる騒めきはいつまでも止まることを知らない。令和の時代を象徴するただならぬ、そして揺るぎない文学作品の誕生だ。