SNSをテーマに人気小説家が集結したアンソロジー『#ハッシュタグストーリー』が発売された。インスタ、X(旧Twitter)、YouTube、TikTokなど誰もがいろんなツールを使う時代になり、SNSにどう向き合えばいいかは悩みどころ。だが、本作に収録されたSNSにまつわる4篇は心が温まる話ばかり。それぞれの作品に込めた思いや創作の裏話を執筆陣に聞いた。

 

SNSでの純粋な感動体験に焦点を当てたい

 

──本作は「SNSのいい話」をテーマに皆さんが物語を綴っています。作品には当然SNSが登場しますが、どのように物語に組み込もうと考えましたか?

 

麻布競馬場(以下=麻布):「SNSってどこまでだろう?」と最初に考えたとき、今日みんなが使っているものだけではなく、たとえば自分が学生だった頃に使っていた「前略プロフィール」やブログなんかもそこに含まれるんじゃないかと思い至りました。また、「インターネット老人会」という言葉もあるくらいには歴史の重層性ができていて、はるか昔のコンテンツが突如としてバズることもあります。小学二年生のときに初代iMacを買い与えられ、そこからインターネットに慣れ親しんできた身としては、ただ今日のSNSについて書くだけではなく、「昔のSNS」が今日のSNSに顔を出す……という二重構造でSNSを書いてみることにしました。

 

柿原朋哉(以下=柿原):まず、なぜ自分がSNSを使い始めたのかを思い出してみました。そこにはきっと、SNSの楽しさが関係していると思ったからです。私は地方出身なので、同じ趣味を持った人になかなか出会うことができませんでした。初めてSNSを使ってみたとき、「こんなにも簡単にそういう人たちに出会えるのか!」と感動した記憶があります。そういったSNSでの純粋な感動体験に焦点を当てたいと思いました。

 

カツセマサヒコ(以下=カツセ):ヒントになったのは、昨年見たダウ90000の舞台でした。学生時代の内輪ノリから生まれた合言葉を使うシーンが印象に残っていて、僕の時代にもそうしたものはあったけれど、今の若い人たちだったらその合言葉を「友達だけが理解できる意味深ハッシュタグ」としてSNSで使うんじゃないかと考えました。X(旧Twitter)は第三者が勝手に口を挟んできそうな印象があるから(笑)、インスタで友達にだけ発信している状況を頭に浮かべながら書きました。

 

木爾チレン(以下=木爾):タイトルに「#」をつけるというのが、今回のお約束でした。その上で自分に課したのが、折角ならば実際にあるハッシュタグを使おうということ。たとえば私がタイトルにした「#ファインダー越しの私の世界」というタグは、おもにInstagramで多くの方が使っています。投稿される写真は一枚でも、きっとその背景には、投稿者しか知らない時間があるはずで、Instagramを舞台にしながらも、SNSには載せなかった本当の部分を物語にできたらと思いました。

 

精気を吸い取られるので距離を置くことも必要

 

──皆さんそれぞれ、投稿の裏側やSNS上での繋がりについて考察したのですね。かつてはTwitterが中心でしたが、今はいろんなSNSがあり、多くの人が複数使っています。最近のSNSについてはどう思われますか? 木爾さんからお願いします。

 

木爾:殺伐としている……というのが第一声になります。SNSによって、誰かの人生が良くも悪くも変わるようになってしまった。私は正直、見るのも辛いし、発言するのも苦手です。けれど、精気を吸い取られてしまうような悪い一面がある一方で、自著が爆発的に売れたのも、結婚相手に出会ったのも、この本が生まれたのだって、SNSがあったおかげで、SNSがなければ今の自分はなかったと言い切れます。SNSによって救われている部分が沢山あるのです。けれど、どうしても誰かと自分を比較してしまったり、SNSがなければいいのにと思ったりする瞬間も沢山あります。振り返れば、そういう負の感情も、創作する上では大切だったと感じます。けれど時には、自分の人生だけを見て歩く時間が必要で、執筆中はSNSとは距離を置くようにしています。

 

カツセ:僕は自分をTwitter出身者とよく言っているんですけど、いつの間にか故郷が魔族に乗っ取られて、泣きながら旅に出なければならなくなった感覚で(笑)、最近はもうXはほとんど見ていないですし、ほかのSNSで新刊やイベント告知の初速が見込める程度にフォロワーがいればいいかな、と思いながら好き勝手に呟いています。理想は、SNSをやめても書店で自分の本がたくさん並ぶ状態です。

 

──カツセさん、木爾さんは「今は距離をとっている」というスタンスですね。麻布さんと柿原さんはどうでしょうか?

 

麻布:「昔のSNS、昔のインターネットはよかった」という話を最近よく聞くようになりましたが、本当にそうでしょうか? 昔から「学校裏サイト」みたいな問題はありましたし、どちらかというとインターネットがダメになったというより、「人間のダメさがインターネットの進化の中で次々と新しい形で明らかになっているだけなのでは?」と個人的には考えています。そんなネガティブな面はありつつも、僕は基本的にインターネットの可能性を信じていますから、これからも新しいSNSや新しい機能が次々と誕生して、誰かを楽しませたり、救ったりすることもあるに違いないと確信しています。今回も、そんな個人的思想に基づいて、「幸せなバズ」から始まる物語を書きました。

 

柿原:世間が、というより自分自身もそうなのですが、先程お話ししたようなポジティブなマインドで利用していないような気がして寂しいです。もっと無邪気に遊べる場所にしたいです。

 

(後編)に続きます

 

【あらすじ】
心に刺さるSNSのいい話。
インスタ、X、ユーチューブ…。タイムラインに流される日々に疲れてしまっても、あなたを救う物語がきっとある。新時代の小説家が送る全編新作アンソロジー!

麻布競馬場『#ネットミームと私』
田舎道で中指を突き立てた少女の写真が世界中に拡散。その裏に隠された物語とは? 

柿原朋哉『#いにしえーしょんず』
26歳フリーターの独身女子。ヲタクであることはそんなにダメなのか。普通ってなんなの?

カツセマサヒコ『#ウルトラサッドアンドグレイトデストロイクラブ』
ストーカーの侵入で大ピンチの私を救ったのは、高校時代の文化祭のテーマ。

木爾チレン『#ファインダー越しの私の世界』
あの頃インスタに投稿していた写真に元カレが「いいね」を突然つけて──。