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 SNSをテーマに人気小説家が集結したアンソロジー『#ハッシュタグストーリー』が発売された。インスタ、X(旧Twitter)、YouTube、TikTokなど誰もがいろんなツールを使う時代になり、SNSにどう向き合えばいいかは悩みどころ。だが、本作に収録されたSNSにまつわる4篇は心が温まる話ばかり。それぞれの作品に込めた思いや創作の裏話を執筆陣に聞いた。

 

バズッた画像でも詳しいことは誰も知らない

 

──みなさんのお話を聞いていると、いい面と悪い面の両方を感じます。本作を書く着想のきっかけはなんだったのでしょうか? リアルに聞いた話や体験したことがあれば教えて下さい。

 

カツセマサヒコ(以下=カツセ):タイトルの『ウルトラサッドアンドグレイトデストロイクラブ』の言葉の響きを先に決めて、そこから「とてつもなく悲しい出来事と、それを打ち砕いてくれるなにか」を考えていきました。自分に高校時代の記憶がほとんどなく、文化祭だったらいくつか覚えていることがあったので、その催し物を決める、というシーンから始めて、現在と10年前の記憶が交差していく書き方にしていこうと決めました。

 

麻布競馬場(以下=麻布):大好きなYouTubeチャンネル「バキ童チャンネル」が定期的にネットミームに関する話題を取り扱っているのですが、それを見てゲラゲラ笑いながら「ところで、これらのネットミームはどのような経緯があって生まれたんだろう?」という疑問を持ちました。ネットミームは画質の悪い静止画か、せいぜい数秒の短い動画であることが多いですから、その背景を正確に知ることは難しい。「そのネットミームの存在はみんな知っているのに、詳しいことは誰も知らない」という状況の面白さを舞台装置として、ある種のミステリーみたいなものが書けないかというアイデアが着想になり、ネットミームを題材に決めました。

 

木爾チレン(以下=木爾):タグにも流行り廃りがあり、「#ファインダー越しの私の世界」は、今から十年前が全盛期でした。私も大学生の頃、このタグに憧れて、手に入れたばかりの一眼レフで写真を投稿していた時期がありました。なので、この小説は現在が舞台ではなく、十年前、このタグに親しんでいた誰かの、青春時代の話がいいだろうと思いました。また、作中で、ハッシュタグを効果的に使えたらと思い、一時期、ハッシュタグに自分の想いを乗せる手法が流行っていたので、それも取り入れました。

 

柿原朋哉(以下=柿原): 私は中学時代からニコニコ動画に没頭していたタイプのインターネットオタクだったのですが、その頃から今日までのオタクとしての変遷を凝縮してみようと思いました。いいことも悪いことも、全部ひっくるめて。

 

──執筆するにあたり、影響を受けた作品はありましたか?

 

柿原:直接的な影響というわけではないのですが、執筆中はずっと、ボカロ曲やアニソンを聴いていました。当時流行していた楽曲を聴くと、その時代の空気感みたいなものが一気に押し寄せてくるんです。

 

カツセ:『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』や『ネガティブハッピー・チェンソーエッヂ』など、一見では理解できないカタカナを羅列したタイトルの作品が昔から好きで、いつかチャレンジしてみたいと思っていました。また、冒頭がアクションシーンから始まるのは『もののけ姫』の緊張感とスピード感に憧れて挑戦してみました。あと、主人公の南条と和田は漫画『霧尾ファンクラブ』の三好藍美と染谷波のキャラクターデザインをイメージしながら書いていました。ここまでダイレクトに他作品の要素を引っ張ってきたことは過去にあまりない気がします。

 

麻布:こざわたまこさんの『教室のゴルディロックスゾーン』、それから本アンソロにも参加されている木爾チレンさんの『神に愛されていた』といった、少女たちによるドラマの傑作が2023年に立て続けに出ましたが、それらの作品の影響が大きかったです。自分自身が30代男性ということもあり、これまでそういった作品を書いたことがあまりなかったのですが、感情を大きく揺さぶられたそれらの作品を自分なりに消化し、姉妹や母子、女友達といった人間関係を描くチャレンジをしてみました。

 

──木爾さんの作品を挙げていただきましたが、木爾さんはどうですか?

 

木爾:この作品を執筆していたとき、丁度スランプに陥っていて、〆切が迫っているのに、なかなか書き出せずにいました。最新作の『神に愛されていた』は映画『アマデウス』のオマージュ作品でもあり、これまでで最も筆が進んだ作品でもあるので、苦肉の策ではありましたが、今回も何か、指標となるような作品があれば、書き出せるのではないかと考えました。そこで、辿り着いたのが、近年、感銘を受けた映画でもある『花束みたいな恋をした』でした。今回はオマージュではないのですが、「いつか別れてしまう二人の恋愛物語」というテーマは、ハッシュタグを通して10年前を描く、この物語に花を添えてくれると感じました。

 

──みなさん、ありがとうございます。ここのところSNSといえば炎上やフェイクニュースなど、悪い面がフォーカスされることも多いですが、本作を読めば「SNSも悪くないじゃん」と読後に思ってくれるはずです。

 

【あらすじ】
心に刺さるSNSのいい話。
インスタ、X、ユーチューブ…。タイムラインに流される日々に疲れてしまっても、あなたを救う物語がきっとある。新時代の小説家が送る全編新作アンソロジー!

麻布競馬場『#ネットミームと私』
田舎道で中指を突き立てた少女の写真が世界中に拡散。その裏に隠された物語とは? 

柿原朋哉『#いにしえーしょんず』
26歳フリーターの独身女子。ヲタクであることはそんなにダメなのか。普通ってなんなの?

カツセマサヒコ『#ウルトラサッドアンドグレイトデストロイクラブ』
ストーカーの侵入で大ピンチの私を救ったのは、高校時代の文化祭のテーマ。

木爾チレン『#ファインダー越しの私の世界』
あの頃インスタに投稿していた写真に元カレが「いいね」を突然つけて──。