現在公開中の映画『沖晴くんの涙を殺して』は、大津波から生き延びるために死神に《喜び》以外の感情を差し出し、《嫌悪》《怒り》《哀しみ》《怖れ》を失った高校生・志津川沖晴と、余命1年の音楽教師・踊場京香の出会いから始まる物語。ふたりが出会い、交流を重ね、互いの心に触れていく姿を通して、喪失と再生を描く感動作だ。
主演を務めるのは、踊場京香役の広瀬アリスさん。そして、笑顔を絶やさない不思議な高校生・志津川沖晴を木戸大聖さんが演じる。異なる喪失を抱えた二人を演じる広瀬さんと木戸さんに、本作の見どころや原作の感想、役への向き合い方や撮影を通して感じたことなど、たっぷりとお話をうかがった。
取材・文=工藤菊香/望月ふみ 撮影=冨田望
──双葉社の文芸誌「小説推理」で連載された額賀澪さんの小説『沖晴くんの涙を殺して』の映画化となりました。まずは、原作を読んだ感想をお聞かせください。
広瀬アリス(以下=広瀬):沖晴くんは死神に感情をもっていかれて、《喜び》の感情しかありません。ファンタジーの要素も入っていますが、読んでいて、めちゃめちゃ人間臭い印象を受けました。生きるとか、死ぬとか、タイトルにも「殺す」という強い言葉が入っていますが、死を目前にした人間は意外と焦らないのではないでしょうか。「じゃあ、どう生きるか」みたいな心境になると思います。“前向き”とは違うかもしれないですが、「ずっとネガティブで居続けるわけでもない」というのがリアルな感じがします。原作を読んでこれまで自分の知らなかった「死に対する感情」を抱きました。
木戸大聖(以下=木戸):普段はそんなに本を読まないんですけど、原作小説は一気に読みました。沖晴を演じることが決まってから、沖晴目線で読みはじめたのですが、頭の中に浮かぶ少年の顔がぼくなのかというと、そうでもなくて……。「どうアプローチしていこう?」と、途方に暮れたことを思い出します。
──木戸さんは今回、《喜び》以外の感情がないという難しい役を演じられましたが、役柄をどのように捉えて、作品と向き合ったのでしょうか?
木戸:沖晴は《嫌悪》《怒り》《哀しみ》《怖れ》のマイナスの感情がないので、つらいこと、悲しいこと、津波で家族を亡くしたことも、ニコニコと笑いながら話すんですね。そんなふうにポジティブな感情しか持てない役はこれまでに経験がないし、非常にチャレンジングでした。広瀬さんが演じる京香は、末期の乳がんを患って余命1年の宣告を受けている。彼女と出会い、距離が縮まるたびに沖晴は少しずつ感情を取り戻して普通の少年に戻りつつあるのに、京香は逆に死に近づいていく……。ファンタジーでありながら、しっかりヒューマンドラマになっていることで、心に深く刺さる作品になったと思います。

──広瀬さんは、京香を演じるにあたっては、生と死を見つめる必要があったと思います。死を受け止め、明るく生きている京香を演じるのは難しかったと思いますが、役作りで苦労されたことや、意識したことはありますか?
広瀬:脚本を読んで改めて感じたのが、死を目前にしているのに不幸臭があまりないということでした。「死」は、すごく重たいものだと思っていたんですけど、この映画ではそんなに重く描かれていない。京香が死について沖晴と語るとき、すごく淡々としています。これまでに私が知らなかった「温度感」がそこにありました。だから、二人の世界に飛び込むのがすごく楽しみだったんです。この作品は、センシティブなシーンほど重たい雰囲気で撮っておらず、悲劇のヒロインという作り方を一切していません。矢崎仁司監督からも「悲しい顔をしないで」と言われていました。それでもちょっと悲しく見える演技をしたときは、「もう1回」とテイクを重ねたことを思い出します。
初共演でも初日からすぐに打ち解けた
──お二人に互いの印象についてうかがいます。木戸さんは、「広瀬さんとの共演は居心地がいい」というお話をうかがいました。
広瀬:ありがたいです。今作の出演を決めた大きな理由は、木戸さんがいたからなんです。素敵な俳優さんなんですよね。正直、私はこの仕事をやっているのに、テレビを見ることがあまりなくて、俳優さんに詳しくないんですけど、木戸さんの存在は知っていました。作品を拝見して、「すごく素敵だな」と思っていたんです。お話をいただいたときに木戸さんの名前があったので、「ご一緒したい!」と思って、出演を快諾しました。もちろん、作品のストーリーも面白そうだったし、すごくチャレンジしがいのある役でもあり、30代に入ったいまだからこそやった方がいいと感じました。
木戸:広瀬さんとは初めてご一緒させていただきましたが、とにかく気さくで明るくて、初日から初共演とは思えないほど打ち解けてしまいました(笑)。というのも、役では教師と生徒という関係だけど、共演者の中で一番年齢が近かったんですよね。
広瀬:2歳しか変わらないんです。でも29歳の木戸さんがまだ高校生役を演じきれるのがすごいです。違和感が全くなかったですね。

──現場の雰囲気はいかがでしたか?
広瀬:現場に入ると、木戸さんはとにかく安定感があるんです。初日か2日目にすごくシリアスなシーンがありましたが、序盤なのに木戸さんを信頼してお芝居をすることができました。
木戸:ぼくはカメラが回っていないときに雑談をしながらでも、自分の中の沖晴を完全にオフにしていなかったのですが、広瀬さんはカメラが回る直前まで、「100パーセント普段の広瀬アリス」でしゃべっているのに、一瞬にして京香になるんです。その瞬発力に驚きました。ぼくはそんなに器用なほうじゃないので、役のスイッチを完全に切っちゃうと戻るのにけっこうパワーを使います。
――何か印象に残っていることはありますか?
木戸:撮影の合間はずっとしゃべりっぱなしでしたよね(笑)。作品の話とかじゃなく、もう何を話したのか覚えてないくらいしょうもない話をして、ケラケラ笑っていました。広瀬さんは病気が進行していく役で、そのために食事制限をしなければならなかったので「あれが食べたい! あれが飲みたい!」って、よくおっしゃっていました。
──お二人はどんなふうに喋るんですか?
広瀬:男兄弟みたいな感じでした(笑)。炎天下で撮影も大変だけど、うちらも頑張ろうって。同志とか戦友みたいな感じで頑張っていました。昨年の夏に撮影をしたんですけど、やっぱり夏の広島は、暑すぎました。本当に暑かった。

──映像化されたことでの見どころや、原作ファンに注目してほしいところはありますか?
広瀬:ロケーションがめちゃくちゃよいので、景色を見てほしいです。私たちの出演シーンの撮影が終わってから、撮影部のみなさんがカメラを持って走って、海や空、虹といった風景の撮影を頑張っていました。本当にどこも景色が素晴らしかった。原作で沖晴の故郷である東北に行くシーンも、ちゃんと福島県いわき市で撮っていますし、すごくリアリティのあるシーンになっています。広島で1か月撮って、東京で1日撮って、その半年後に冬パートを数日撮って。広島以外での撮影もたくさんありました。
木戸:ぼくは、役を演じる上で衣装やヘアメイクを重要視しているので、沖晴のビジュアルにも注目してほしいですね。もしこの作品がマンガ原作だったら、ある程度ビジュアルイメージが決まっていたと思いますが、幸い小説だったので、自分の中にあるイメージを生かすことができるんじゃないかと思って見せ方を提案させていただきました。もちろん、原作ファンの方ひとりひとりに沖晴のイメージがあると思いますが、だからこそ、あえて自分が感じたイメージを大切に、できる限りの準備をしてクランクインを迎えようと思っていました。

──木戸さんは普段から、役のビジュアルについてしっかり考えて提案されるのですか?
木戸:ここまでしっかりと提案したのは初めてです。なぜかというと、原作と台本を読んだ段階で、非常に難しい役であることはわかっていて、でもこれまでに沖晴を演じた人はいないわけですから、自分なりの沖晴像をしっかり作り上げることで沖晴に近づこうと思ったんです。映画の中で、沖晴はフワフワのくせっ毛で、前髪を眉の上で切りそろえているんですけど、これは小説を読んでいるときに浮かんだイメージなんです。それを矢崎監督に提案して、沖晴のヘアスタイルが完成しました。もっというと、これは原作小説には書かれていないんですけど、“津波に流される前の沖晴はサラサラのストレートヘアだったけど、死神に《喜び》以外の感情を差し出したことで髪質が変わった”という設定も、自分の中でイメージがありました。
──衣装についてはどうでしたか?
木戸:最初の衣装合わせで用意してあった服をひと通り着たうえで、沖晴像の話を監督に伝えたら「沖晴が着ていそうな洋服の資料を見せてほしい」と、言ってくださったんです。古着っぽいというか、80年代か90年代あたりにアメリカのティーンエイジャーが着ていたような、ダボッとした感じのTシャツが沖晴っぽいと思っていたので、ひとりで下北沢の古着屋を巡って「これだ!」という服の写真を撮って監督に渡しました。そうしたら、2回目の衣装合わせでイメージ通りの服を用意してくださっていて、すごく嬉しかったです。
──最後に、映画から沖晴くんの世界に触れる方、原作をすでに読んでいる方にもメッセージをお願いします。
広瀬:何気ない日常があって、普通の会話ができて、いろんな表情や感情があるということは、すごく幸せなことなんだなというのをすごく感じました。「そうか、死ぬんだ。じゃあ、どう生きようか。じゃあ、この瞬間を大事にしよう」と思ったのが京香です。彼女を演じたからこそ、人といる時間や一人で暇をしている時間、そういった全てがすごく幸せだと思うようになりました。普通に明日が来るって幸せですよね。悲しくなったり、怒ったり、人に必要なものなんです。沖晴が失ったネガティブな感情は、いらないと思うことが多いけれど、その感情がないと他人に寄り添えない。ぜひ、そうした感情の大切さを感じていただけたら嬉しいです。
木戸:様々な作品や役を通して、いろんな感情を表現してきましたけど、たったひとつ……喜びの感情だけで表現する役は、もう二度とないのではないかと思っています。喜び以外の感情を京香と関わることによってどのように取り戻していくのか。ぜひその姿を劇場で観ていただけたら嬉しいです。
[映画情報]
『沖晴くんの涙を殺して』全国公開中
原作:額賀澪『沖晴くんの涙を殺して』(双葉文庫)
監督:矢崎仁司
出演:広瀬アリス
木戸大聖
満島真之介/北乃きい 戸田菜穂 根岸季衣
配給:彩プロ
(C)2026 額賀澪/双葉社「沖晴くんの涙を殺して」製作委員会
広瀬アリス(ひろせ・ありす)
1994年12月11日生まれ、静岡県出身。08年女優デビュー。17年の連続テレビ小説『わろてんか』でコメディエンヌとしての才能と、女優としての演技の幅の広さを高く評価された。代表作にドラマ『探偵が早すぎる』シリーズ(日本テレビ系)、『ラジエーションハウス~放射線科の診断レポート~』シリーズ(フジテレビ系)、『全領域異常解決室』(フジテレビ系)、大河ドラマ『どうする家康』(NHK)など。二四年には国連WFP協会親善大使に就任した。二七年には主演映画『ENJU エンジュ』と、映画『全領域異常解決室』二部作、Prime Original ドラマ『ぼくの地球を守って』の公開が控えている。
木戸大聖(きど・たいせい)
1996年12月10日生まれ、福岡県出身。2017年にドラマ『僕たちがやりました』(関西テレビ)で俳優デビュー。ネットフリックスシリーズ『First Love 初恋』で佐藤健が演じた主人公の青年期役で一躍脚光を浴びる。主な出演作はドラマ『ゆりあ先生の赤い糸』(テレビ朝日系)、『9ボーダー』(TBS系)、『海のはじまり』(フジテレビ系)、『バニラな毎日』(NHK)、『一次元の挿し木』(読売・日本テレビ)、劇場アニメ『きみの色』(24年)、映画『ゆきてかへらぬ』(25年)『WIND BREAKER/ウィンドブレイカー』(25年)『モブ子の恋』(26年)など。ドラマ『救命病棟24時』(フジテレビ系)に宮沢蓮役で出演。