撮影:山上徳幸
第48回小説推理新人賞には464編の力作が寄せられました。4作の最終候補作品から、選考委員の芦沢央、月村了衛、宮内悠介各氏による審議の結果、受賞作が決定いたしました。
【受賞作】
「見るは易し、見えぬは難し」
熱川博文

プロフィール
1986年、東京都生まれ。早稲田大学教育学部卒。現在は会社員。
受賞のことば
この度は身に余る賞を頂き、誠にありがとうございます。
昔から真面目と言われることが嫌いでした。面白くないと言われていると感じ、図星でもあるので余計に腹が立ったのです。だから私は世界で最も面白い人達がいる世界、つまり小説の世界を志し、机に向かいました。
ただ、何も書けませんでした。
ショックでした。でも、やめることは出来ません。自分が面白くない人間だと認めることになります。憧れる作品を読み返し、音読し、書き写しました。沢山の作品に触れました。やれることはなんでもしました。
そして、ついに書きあがった私の小説は、面白くもなんともありませんでした。「なぜ」と一丁前に悩む私がいました。
でも、ある時、気が付いたのです。小説に私が多すぎる、と。
私は面白くない人間です。本音ではわかってます。その私が前面に出ている小説が面白いわけないのです。
あの時から凡庸な自分はさておき、最後まで面白く読んでもらうことを真剣に考えて書くようになりました。それが本賞に繫がったのであれば、この上なく嬉しく思います。
改めて、選考に関わって下さった皆様に御礼申し上げます。次の機会を頂けることを願いつつ、これからも読んで頂ける方のために書き続けたいと思います。
選評
最終候補作
「墓じまい」
菅野さやか
「空白む」
犀川まり
「茶人の遺言は伝わらない」
間宮ケイ
「見るは易し、見えぬは難し」
熱川博文
芦沢央
――ミステリの要は情報の出し手順
「墓じまい」
墓じまいをしようとしたら正体不明の骨が見つかった、という身近な謎が魅力的で、冒頭から引き込まれました。謎の提示が早く、「どういう物語なのか」という道筋がつかみやすいのもミステリ短編として好印象でしたが、そうして期待が大きかった分、真相解明パートではロジックが不足しているように感じられてしまいました。事情を知っていそうな人に話を聞きに行ったらその人が重要な情報を話してくれる、というのはミステリとしてよくある形ですが、物語のために登場人物が都合良く動かされてしまっているように捉えられかねない難しい形式です。この形式を使う場合は、一人から得られる情報は最小限に抑え、何人もに聞いて回ってそれぞれの情報を組み合わせなければ真相に辿り着けないようにするなど、工夫する必要があります。基本的にはその組み合わせ方のロジックで魅せる形式なので、短編という少ない枚数の中でやるには、一つ一つのシーンに対し「物語の中でどう機能しているか」を検証して取捨選択しなければなりません。先へ先へとページをめくらせる文章を書く力がある方なので、伏線の張り方と回収を意識されるとグッとミステリとして締まるのではないかと思います。
「空白む」
温かみのある描写が素晴らしく、ここぞというセリフも上手く効いていて、小説としての質感がとても好きな作品でした。謎が提示されるタイミングが遅く、真相解明も推理ではなく自白で成立していることもあって、選考会では「これはミステリなのか」「小説推理新人賞の受賞作としてはどうか」という議論になって点が伸びませんでしたが、個人的にはこの作品は無理にミステリに持っていかない方が魅力的な作品なのかもしれないとも感じています。むしろ、謎という牽引力を使わなくてもこれだけ読ませるのは筆力がある証拠です。短編にしては登場人物が多く、時制の書き分けが曖昧なところがあるため、読んでいて混乱しがちなところがもったいないですが(私も読みながら人物相関図を書き、途中で「あれ? この人亡くなってるんじゃなかった?」とページを戻りました)、筋にあまり関係ない人は名前を出さない、回想シーンでは時制を意識するなどの工夫をして改稿したら、市井ものの時代小説として味わい深いものになるのではないかと思います。ラストの余韻や空気感も好みでした。
「茶人の遺言は伝わらない」
スリリングな冒頭、謎の提示の早さ、情報開示の手順など、ミステリとしての完成度が高く、選考会でもギリギリまで受賞作と争った作品です。複数の謎を次々に積み重ねていく手数の多さ、それにもかかわらず読み手がまったく混乱することなく物語についていける状況整理の上手さ、読者に対してきちんと推理に必要な情報を開示した上で物語に起伏を作り、すべての謎を見事に回収していくフェアさなど、プロとして充分にやっていけそうな力量がある方だと思います。ただ、物語のリアリティラインが高く、構造が精緻だからこそ、エンタメとしての展開のために人間心理が歪められているように感じてしまうところがもったいなく感じました。特に犯人の心理として、現場に自分の身元へと繫がる遺留品を残すことには強い忌避感があるはずで、帰り道に警察に会うかもしれないという可能性だけでは理由として弱く(実際に会ったのは結果論)、また、この動機で響子を脅す必然性があったのかにも疑問が残りました。とはいえ、ミステリとしての志の高さと手腕に一読者として大変楽しませてもらったので、よかったら来年もぜひ応募していただきたいです。
「見るは易し、見えぬは難し」
冒頭、死体に湧いている蛆の描写で一気に物語に引き込まれ、「『ターヘル・アナトミア』の翻訳のために死体を検分したがっている杉田玄白」が探偵役だとわかった時点でテンションが上がってしまいました。期待値を上げて読み進めましたが、当時の蘭学の知識を生かした推理、現代の介護問題にも繫がるような犯人の動機、そのさらに奥にある真相の浮かび上がり方、主人公が選択を迫られるラストまで期待を裏切られることなく読み終えました。選考会では「この時代、武士(藩医)である杉田玄白が市井の女の子相手にこれほど腰が低い口調なのはありえない」という指摘も出ましたし、時代小説として見ると瑕疵と言える箇所がいくつもあるとは思いますが、その点は改稿可能であると考え、受賞作に推した次第です(杉田玄白と主人公との地位の違いを意識して主人公の置かれた環境を描くことは、ラストの苦みにも繫がる重要な部分だと思うので、ぜひ丁寧に改稿に取り組んでほしいです)。連作の一編目ではなく読み切り短編として楽しめる作品ですが、杉田玄白はこの後どんな死体に出会うのだろう、それが『解体新書』にどう繫がっていくのだろう、と考えるとワクワクします。受賞おめでとうございます!
〈総評〉
新人賞の選考委員を務めるのは初めてでしたが、選考するという視点で候補作を読む中で、また他の選考委員と議論を重ねるうちに、自分が小説(特にミステリ)に対して求めるものやこだわりがクリアになっていくのを感じ、私自身とても勉強になりました。
今回の候補作はどれもそれぞれに小説として違った面白さのある作品でしたが、「小説推理新人賞」ということもあり、選考会では「ミステリとしての結構」を検証する視点がたびたび上がりました。
「ミステリ」は青春小説、時代小説、SFなどと並んで小説のジャンルとして使われる言葉ですが、私はミステリはテクニック、つまり小説技法の一つだと考えています(だから、たとえば青春小説の中でミステリの技法を使えば青春ミステリになる)。ミステリの要は情報の出し手順にあり、謎の牽引力で読者を物語に引き込んでいれば広義のミステリ、謎に対する解答の出し方がロジカルであるほど本格ミステリに寄っていきます。謎を提示する前半でミステリとしての結構を強くするほど、後半の真相解明パートでロジックを期待されます。この賞の応募規定は「広義のミステリ」なので、必ずしもロジックが必要なわけではありませんが、謎を牽引力として使う物語の作り方は、今後様々な小説を書く上でも役立つものなので、よかったら意識してみてください。
月村了衛
――登場人物が物語の都合で動かされている
「見るは易し、見えぬは難し」
書き出しや締めくくり方が候補作中随一であったことをまず評価します。その上で、私が最も気になったのは杉田玄白の口調や態度でした。一介の町人である主人公に対し、高名な藩医がここまでへりくだっているのは如何にも不自然です。「そういうキャラクターなのだ」と読者を納得させるには、周囲のリアクションを含め、もっともっと人物描写を増やして世界観を補強する必要があるでしょう。死体の検分を好むという彼の変人ぶりに周囲の者が呆れる一節も確かに在りますが、これだけでは全く足りません。規定枚数の制約があるのは分かりますが、ならば他の題材かアプローチ方法を選択すべきであったと思います。
「町民」を「町人」の意で使用しているのも、時代小説としてはかなりのマイナスです。
しかし本作には、杉田玄白ならではの医学知識を活用した、言わばソーンダイク博士のような活躍を期待させる魅力があります。また介護問題、ヤングケアラーの問題に踏み込めるテーマ性の萌芽を感じました。そのあたりに留意して改稿すれば、よりよい作品となり得る可能性を認め、最終的に票を投じました。熱川さん、おめでとうございます。
「茶人の遺言は伝わらない」
受賞作と最後まで争ったのが本作でした。しかし私は、婚約者が犯人だと知ったときの主人公(語り手でもある)の内面が殆ど描写されない点が引っ掛かりました。普通の人間なら衝撃、動揺といった感情(もっと複雑なものならなおよし)を抱くはずで、小説の基本たる部分が省かれている以上、小説として評価するのは難しいと思いました。
また「登場人物の心理が物語の都合で歪められている」という指摘もあり、私も全く同意見でした。それは作家志望者のみならず、新人が陥りやすい典型的なパターンでもあります。
そうした人間心理の考察や描写に力点を置きつつ、今後も創作に取り組まれることを期待しております。
「空白む」
手慣れた書き手であると思いました。強いて難点を申しますと、短編であるにもかかわらず、冒頭からずっと説明が続き、事件の起こるまでが長いこと。冒頭部の一連の文章は「描写」であるとも言えるのですが、全体を俯瞰するとやはり「説明」となっている感が否めません。起承転結をもっとはっきりさせ、メリハリのある構成を目指して下さい。ただ本作を「市井もの時代小説」の観点から評価すれば、私の評言もまた違ってきたでしょう。
達者な筆を評価しつつも、私が本作を推せなかったのは、「自白」によって全てが片づいてしまい、そこに至るまでの「推理」が全くないという点です。市井もの時代小説の佳品ではあっても、小説推理新人賞の応募作としては不利でした。
「墓じまい」
冒頭から提示される謎は、全候補作中最も魅力的で、期待しながら読み進めました。温和な人物である「夫」が語り手である主人公の話を聞くというスタイルでもあるので、パット・マガーの名作『七人のおば』を想起したりもしました。しかし、謎はごく常識的な行動の中で消滅し、「夫」もただのいい人で、極言すれば登場させる必要さえなかったとも言えます。
波乱のない物語展開はミステリのサブジャンルである「日常の謎」などでは大いにありなのですが、本作からは読後に残る余韻といったものをあまり感じ取れませんでした。
全体に「頭だけで作ったストーリー」の感が強く、作者の方はご自身が何を表現したいのか、真摯に突き詰めてから着手されれば、さらによい作品を執筆できるのではと考えました。今後の活動に期待しております。
〈総評〉
今回の候補作に関しましては、概してどの作者も達者であり、書き慣れているようにお見受けしました。
それだけに、さまざまな瑕疵のみならず、構成の問題や主題の熟考不足が目立ってしまったのは残念であると申すよりありません。
また「登場人物が物語の都合で動かされている」点も、程度の差こそあれ、全作に共通して見られた傾向でした。繰り返しになりますが、これは小説を志す者が最も注意すべき点であります。これを克服できるか否かが今後に大きく関わっていると申しても過言ではないでしょう。
そうしたことを念頭に置きつつ、今後の創作に生かして頂ければ選考委員としてこれに勝る喜びはありません。

宮内悠介
――決め手となったのは、やはり個性の部分
「墓じまい」
夫と二人ぐらしの三津葉は、一人っ子であるために親の墓じまいを進めている。ところが寺から連絡があり、墓の骨壺が一つ多いと知らされる――。この謎が冒頭部でいきなり示され、引きこまれます。次々と謎が増えていく不穏な展開も、面白く読むことができました。
とはいえ不自然に感じたところもあり、たとえば、何かにつけ面倒だと不平を漏らす三津葉というキャラクターが、仮定に基づいて、わざわざあるかどうかもわからない家系図を探すか。認知症の伯母が、鍵となる人物にピンポイントで会いたがるのはなぜか、ほかに会いたい人はいなかったのか。謎の写真はどういうシチュエーションで撮影されたのか。このあたり、もう少し全体を丁寧にケアして、リアリティの積み増しをはかってほしかったところです。
一方で可能性を感じるのは、黒幕というべき人物が固有名詞すら与えられていない点で、これはなかなか特異なことと思います。そしてまた、その人物との確執が作中でほのめかされる。根底に、何かネガディブな感情が渦巻いているのが伝わってきます。現状はその理由が明かされていないので消化不良感を残しますが、こうした強い気持ちはけっして悪いことではなく、書きかたやテーマの選択一つで、強力な個性に変わるのではないかと思います。
「空白む」
深川一帯を襲った熱病によって母と兄を失い、豆腐屋「豆市」で世話になることになった卯吉。その彼の目を通じ、豆腐屋とそれを取り巻く街の様子がスケッチ的に描かれる作です。時代物は描写が難しいのですが、この作は肌寒い明けがたの豆腐屋の様子がありありと浮かびますし、工夫して雰囲気づくりをしているのが伝わってきます。また、卯吉のひそかなハンデが、冒頭でなく物語の途中で明かされるのも気が利いています。
難をあげるなら情報の伝えかたで、誰が誰の子供で、誰と誰がどういう関係なのかといったことがなかなか開示されないまま、十八人くらいの固有名詞が出てきます。これでは頭に入ってこない。人数を出すのはそれ自体難しいことですし、話の内容を鑑みると、現段階では、人数を絞って伝えかたを工夫したほうがよいように思います。
また、読んでいるあいだ「これがなんの話か」が明かされないため、何に期待して読み進めればよいかわからず、戸惑うところもありました。冒頭付近で、街のスケッチ的な話であることがほのめかされると、この点は解消されるはずです。
ミステリとしては、後半に置かれている事件を前半に回して、そして豆腐屋の主人が実は真相を知っているのがポイントですので、その伏線となる台詞か何かを中盤に入れて、それではじめて「広義のミステリ」になるかなといったところです。
「茶人の遺言は伝わらない」
舞台は鎌倉。視点人物の響子はストーカーに悩まされていて、その理由と目されるのが、育ての親とも言える茶の先生、初江の遺言で、茶室を響子に譲るというもの。
かなりいいと考え、今回はこれを推そうと決めて選考に臨みました。最大の理由はミステリとしての手数の多さや、伏線の隠しかたのうまさで、特に、冒頭でぬけぬけと誰の目にも見える形である手がかりが示される点が、一番好むところでした。また、この手がかりはこの情報の前に置かれなければ目立つといった、情報の順序も細かく計算されていて、技術面では本作が一番であると思います。それだけでなく、遺言状やストーカーなど、ストーリーにも起伏がある。
茶室にどんな秘密が隠されているか、一連の黒幕が誰であるかは早い段階から明らかなのですが、それは「こういう真相であってほしい」と期待される範疇で、本作にはその上でプラスアルファの伏線回収がある。期待にこたえ、予想を裏切る模範的な解決ではないでしょうか。
もちろん疑問点はあって、それらの指摘は他の委員におまかせしますが、私から一つ挙げるとするなら、ストーカーにせよ歩道橋からの突き落としにせよ、構成要素に既視感がある。その点で、ケレン味のある受賞作と比べて、パワーで負けた感があります。今回は残念な結果となりましたが、今後も端正な本格をたくさん書いてくれるかたではないかと期待しています。
「見るは易し、見えぬは難し」
江戸の町人、おりんはある目的をもって、ある屋敷を訪ねる。その目的とは、殺された父の死体の検分を杉田玄白に依頼するためだった――。つまり、探偵・杉田玄白。この導入がすでにツカミとして抜群です。探偵らしい探偵が出てくるのもいいですし、地の文で臆面もなく玄白を持ち上げるのもいいです。「一つ聞いたのに二つ悟られ、三つ答えられてしまう」など。恥ずかしがらずにこういうのを書けるかどうかは、ミステリにおいて大事なポイントであると思います。
諸々のロジックは若干雑に感じられました。たとえば「遺恨による殺人なら被害者は拳を握る」とかは決めつけですし、「そうとは限らないのでは」と思ってしまう箇所が複数ありました。このあたりはもう一歩、うまいこと読者を騙してほしいところです。
ラストの解説も気になりました。そうだと思われていた殺害方法が不可能であったと玄白が語り、あたかも犯人が変わる。しかしその〝真犯人〟がやったことは未遂で、本当はやはり、当初明かされた通りの殺害方法であった。が、玄白はそれを不可能であると言っているので、あたかもアンチミステリのよう。他の委員から説明を受けて納得しましたが、現状、はっきりと明示されてはいません。とはいえ、これは一行二行の補足で済むこと。高い評価をつけた委員がいて、もとより私も面白く読んだ作であったため、本作の受賞に賛成しました。
〈総評〉
まったくタイプの違う四作品が揃い、それぞれにいいところがあり、前向きな気持ちで選考に臨むことができました。最終的に「見るは易し、見えぬは難し」「茶人の遺言は伝わらない」の二作が残り、熟議の末、受賞作が決まりました。熱川博文さん、おめでとうございます。
昨今はどの新人賞もそうだと思いますが、皆、文章も構成もすでに達者。どれが本として出版されていても不思議ではない、そういう作が最終選考作として上がってきます。その上で今回決め手となったのは、やはり個性の部分であったように思います。
新人賞に送りつづけると、ときに、欠点を引き算しようとしすぎて個性を見失いがちです。少なくとも、私はそうでした。ですからどうか臆さず、皆さんの個性をぶつけてください。
なお、本年より選考委員をつとめさせていただくことになりました。選考する側ではありますが、小説はテキストがすべて。できるだけ対等に、フェアに、選考にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
受賞作「見るは易し、見えぬは難し」はコチラからお読みいただけます
WEB小説推理 2026年8月号 https://colorful.futabanet.jp/list/suiri
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