陽キャが考えることは、僕とは違う。だが言いたいことはわかった。たしかにそうだ。

 怪しそうな人はいない? 彼女と共通の知り合いは? なんて質問されたけど、百地さん本人を知らない僕にはどちらも浮かばない。ただ、葬式に行ったという話をしたら、そのなかから知っている人や目立ってた人を取っ掛かりにすればと、アドバイスされた。

 印象に残っているのは、めちゃくちゃ泣いていた女の子だ。ミスキャンのサイトの写真のなかに、あの子もいた気がする。もう一度見て、名前を確認した。広江智巳ひろ え とも み、百地さんと同じ学部学科の同級生だった。あの「泣き」は派手すぎた。来年のミスキャンで有利になるために殺した、なんて考えすぎか。

 翌日、僕の受講科目はなかったけど、大学に行った。広江さんの取っている講義はわからないものの、英文学部の二年生が受けていそうな科目をピックアップして、各教室を探す。

 朝一番のコマからそれをやり、ようやく広江さんを見つけたのが午後の三時限目のあとだった。思ったより小柄な子だ。ふたりの女性と談笑している。そこに近づいた。

「あの、僕、春宮といいます。少し話をさせてもらえませんか」

「春宮? ……あなたもしかして、依梨花を見つけた?」

 広江さんがいぶかる。

「そうです。そのことで話があって──」

「この人! 朝の講義のときもうろうろしてた。一日中、智巳を探してたってこと?」

 右隣にいた女性が睨んでくる。「きもっ」と左側の女性が顔をゆがめる。

「すみません、百地さんのことを教えてほしくて。交友関係とか、最近あった特異なできごととか」

 警察の聞き取りも、おそらくそう質問していくだろう。

「なんであたしが」

「お葬式のときにすごく泣いていたから、親友ではないかと思って。違いますか」

 広江さんは呆れた表情のあと、咎めるような視線を向けてくる。

「ええ、親友です。でもそういう意味ではなく、なぜあたしがあなたにそれを話さなくてはいけないのか、と訊ねたんです」

「助けてほしいからです。百地さんを発見したせいで、警察にあらぬ疑いをかけられてます。僕の手で犯人を見つけないと、僕が犯人にされてしまう」

 そう言うと、女性たちはぽかんとした。ひとりは吹き出している。

「被害妄想じゃないですかあ? 発見しただけで疑われるなんてないでしょう」

「あたしに質問してきた警察の人は、礼儀正しくて感じもよかったですよ。あなたに疑われるだけの理由があるんじゃないんですか?」

 広江さんは眉をひそめていた。こんな小柄な子には、人を木の枝に吊るすことなどできない。僕は見てすぐそう思った。警察も、だから疑わないだけのことだ。

「あなた、依梨花のカレシのひとり?」

 そう言ったのは、左側にいた子だ。

「え? カレシ、のひとりって?」

 広江さんがその子の手を引っ張り、歩きだした。

「余計なこと言わない。行こう」

「待って。今のはどういうことですか。それは複数のカレシがいたということですよね」

「知りません」

 広江さんは怖い顔のまま、どんどんと進んでいく。

「知ってる顔ですよ、それ」

 いくら僕が鈍くてもそのくらいはわかる。

「知らない。依梨花の悪口は言いたくない」

「悪口じゃない。本当の犯人を見つけるためです」

 怒りをにじませながら、広江さんが僕を見る。

「だからそういうのは警察がするでしょ。警察……警察に訊かれてあたしたちも気づいただけです。それぞれが見たり知ってたりしてた、依梨花のデート相手が一致しないって」

「相手の名前を教えてください」

「ついてこないでください。四時限目の時間です」

 示し合わせたのかそうでないのか、三人は別々の方向に逃げていった。

 

 口が軽そうな左側の子を追いたかったが、見失ってしまった。広江さんが入った教室はわかったので、廊下で待つ。

 講義終了で出てきたところに声をかけると、とても嫌そうな顔をされた。

「待ってたんですか。気持ち悪いですね。知らないものは知りません」

 広江さんは駆け足になって廊下の先の階段を下りる。意外と足が速い。校舎の間を抜け、校門へと向かっていくようだ。……げ。校門のそば、視界の先に悠里と伸斗がいた。ふたりも気づいたのかこちらに顔を向けてきたが、無視をした。目の前の広江さんを追うことに集中する。なんとか近づき、もう一度、声をかけた。

「名前がわからないなら、見た目だけでも教えてください。警察にどう答えたんですか」

 ふう、と広江さんがわざとらしくため息をつく。

「……あたしが見たことあるのは、十歳ばかり年上のスーツの人。別の友達が見たのは、同世代っぽい人。明らかなオジサンも。父親だと思ってたけど、お葬式でお父さんを見たら違う人だったって」

「それ、パパ活ってこと?」

 そう言うと、広江さんは早足のまま、横にいる僕を睨んでくる。

「ほら。すぐそういう色眼鏡で見る。だから言いたくないの」

「すみません。だけど思うでしょ。全然、どこの誰ともわからないんですか?」

「わからない。でも警察が調べるでしょ。もう、ついてこないで。つきまといだよ」

「じゃあカフェかどこかでお話を」

「これからバイト。それにこれ以上のことは知らない」

「バイトが終わる時間は……あ、いえ、広江さんのご都合のいい時間でお願いします。連絡先を交換してもらえませんか」

「それは新手のナンパですか?」

 校門を一歩出たところで、誰かの声が飛んできた。

 見れば、菅原が立っていた。なぜこんなところに。

「たしか、警察の人でしたよね」

 広江さんも足を止めていた。小首をかしげながら問う。

「はい。いち警察官として、迷惑行為は見過ごせませんから。だいじょうぶですか? 嫌がっている女性につきまとってはいけませんよ」

 菅原はまず広江さんに話してから、僕に声をかけてきた。

「用があってお話をしているだけです。そちらこそなんなんですか。僕の監視ですか?」

「偶然ですよ。さまざま調べる必要があって、大学まで来たのです。そうしたら揉めてる男女がいたので、声をかけたまでです。ところで広江さん、お急ぎだったようですが」

「ええ、アルバイトがあって」

「そうですか。彼はこちらで止めておきますので、どうぞアルバイトに向かってください」

 広江さんが軽く頭を下げてから、行ってしまう。

「春宮さん、なんの話をなさっていたんですか」

「百地さんの交友関係についてです」

 うんざりしながら、僕は答える。

「それだけですか。百地さんのご友人になにかがバレたんじゃないかと、探りを入れていたのでは?」

「僕にやましいことはありません。警察が僕のことを犯人に仕立てようとしてるから、疑いを晴らすには本物の犯人を自分の手で見つけるしかない。そう思ったまでです」

 梶本のアドバイスがあってだけど。

「仕立てようなんてしていません。疑いのある人物を追及するのが我々の仕事というだけです。その対象は春宮さんだけではありません。そこは誤解なきように」

「じゃあほかには誰がいるんです」

「それは言えません。そして、春宮さんの今の行動は、我々にとって迷惑です」

「迷惑と言われても、不当に逮捕されるかもしれない僕としては、抵抗しますよ。百地さん、複数の男性とつきあっていたんでしょう?」

「さあどうでしょう」

「僕のバイト先で百地さんが会っていた相手のこと、訊いてましたよね。つまりそういうことでしょ。その相手の誰かが犯人、そっちのほうがずっと自然じゃないですか」

「さきほども言ったように、疑いがあれば調べる、それだけですよ」

 道の向こうから、「菅原さん」と声がかかる。いつもの女性警察官だ。彼女は苦手だ。

「お待たせしましたね。おや、春宮さんじゃないですか。なにかありましたか」

「ありません。もうほんと、僕、無関係なので」

 逃げるようにふたりを置いて、広江さんのあとを追う。でももう、姿はない。

 

 

 その夜、広江さんの反応をLINE通話で訊ねてきた梶本に、百地さんのパパ活疑惑の話をすると、案の定「まじか」と言った。ほかに語彙はないのか、と少し可笑しくなる。

「パパ活相手を探すのは、まじ難しそうだよな」

「広江さんは、名前を知らないの一点張りだよ。でも百地さんにしても、ヤバい関係の相手を友人に紹介したりしないよ。知らないってのは嘘じゃないと思う」

「あ、写真とかないのかな」

 梶本が思い出したように言う。

「パパ活相手の写真が? それはないだろ」

「てか百地さんのSNS。インスタとかやってそうじゃん。アカウント探してやるよ。俺、そういうの得意なんだ」

「僕は苦手なほうだから助かる。梶本くん、すごいね」

「AIを走らせてのアプリ開発とか、ふつうにやるからね。まじ楽勝」

 情報科学部だっけ。そういえば理系の人だった。

 しばらく待っていて、と言われて小一時間ほどすると、URLのリンクが送られてきた。

 

──やっぱりインスタあった。

──食べ物の写真載せてるから、場所が特定できるかも。

──映り込みから相手もわかるかも。

 

 ぽんぽんとメッセージがやってくる。場所が特定できる? 映り込み? よくわからないままに、百地さんのInstagramの画面を眺める。悠里もInstagramをやっていて、女の子が載せがちなきれいな写真をアップしていたけど、それよりも派手で、キラキラや音楽までついている。さすがは陽キャだ。いくつか見るなかに、見覚えのある調度品があった。ここ、僕がアルバイトをしていたアジメの個室だ。なるほど、こういうふうに調度品や背景などから場所を特定するのか。

 

──映り込み見つけた。粗いからきれいに加工したあとで送る。

 

 映り込みとは、と用語を検索する。ガラスなどの反射するものや、ときには瞳に、相対したものが映ることがあるそうだ。そこから交際相手がバレて騒ぎになった芸能人もいるんだとか。怖っ。警察も警察だけど、知識を持っている一般人は遠慮がなくて怖い。

 その後、送られてきた写真は、オジサンだった。四十代ぐらいか、スーツ姿の恰幅のいい紳士、という印象だ。これが、広江さんの言っていた相手のひとりだろうか。

 僕らは、どうやってこの男を探そうかと相談した。僕は警察と同じように、写真を手に片端から人に訊きまくることしか思いつかなかったけど、梶本は画像検索を提案してきた。ネット上の膨大な写真データと照合するのだという。例えば花の写真を撮って検索をすると花の名前がわかるのは、そういう技術を使っているからと説明されて納得した。最近は、電車での忘れ物探しにも応用されているらしい。探すから待ってて、と言われた。

 だけど朝になってきた連絡で、「ごめん、見つからなかった」と言われた。そのかわりもうひとり映り込みを見つけたと、三十代ぐらいの男性の写真を送ってきた。左手の薬指に指輪がある。画像検索でわからなかったのは残念だけど、そんな魔法みたいなことができる保証はないのだ。地道に探すしかない。

 いっそ、もう警察に任せたほうがいいんじゃないか、と梶本は言った。探すための人員の数が違う。これらの写真を持っていって、百地さんの交際相手だと思うから調べてくれと伝えればいいと。

 理屈はわかる。冷静に考えればそうだろう。だけど疑いを晴らすために自分で調べようと思った以上、気が進まない。

 早くわかるほうがいいだろと勧められたが、一日考えさせてほしいと答えた。

 

 そしてまた僕は大学に出かけた。就職活動も放っておいてなにをやっているんだか。それでもと気持ちを奮い立たせ、校門の近くに立ち、やってくる学生に二枚の男性の写真を見せて聞きまくる。成果はまだない。

「春宮さん、きみ、なにをやっているの」

 谷村教授に声をかけられた。

「谷村先生、先生もご存じないですか。この男性の顔や素性に」

「ないねえ。このふたりがどうかした?」

 僕は谷村教授に事情を話した。警察から疑いの目を向けられていることも含めてだ。谷村教授はうなずきながら聞いてくれた。

「大変だったんだね。なるほど警察が、私の行動をしつこく追及してきたことに納得したよ。こういう男性のひとりだと思われていたんだなあ。アリバイに助けられたわけだ」

「失礼ですが、先生はその時間、なにをなさっていたんですか」

 いまさらと思いながらも訊くと、谷村教授は笑いだした。

「会議だよ。オンラインだけどね。そしたら警察は、その会議の相手、全員に確認をしていた。私はちゃんと話を聞いて発言もしていたから、嘘ではないと認めてもらえたんだ」

 なるほど。そこにごまかしの入る余地はないのかな。たとえば、

「でもいつか、AIが発達したらオンライン上で私のふりができてしまうかもしれないね。今でも一方的に話すだけなら、フェイク動画なんてものもあるんだし」

 僕が考えようとしていた答えを先に言われてしまった。黙って首肯する。

「春宮さんのお友達が見つけたその写真、映り込みも、昔なら気づかなかった技術なんだろうね。いや一部の鋭い人は知っていたかな」

「僕は昨日まで知らなかったんです。梶本くんに感謝です」

 そう言うと、谷村教授は感心したように目を丸くした。

「お友達って、梶本さんだったの。彼、元気? 会社は順調なのかな」

「会社?」

 さっきは友達としか言っておらず、梶本の名前を出したのは今はじめてだ。

「そうだよ、アプリ開発などのITの会社を立ち上げたんだ。でも起業したからって大学をやめなくてもよかったのに」

「大学をやめてるんですか?」

「え? お友達なんだよね」

 どういうことですかという僕の質問に、谷村教授は説明してくれた。梶本は親からもらった学費を起業の費用につぎ込んだため、二期、つまり一年分続けて未納になり、遂に除籍扱いになったのだと。とはいえ大学には温情があり、事情によっては少し待ってあげられる。優秀な学生だからできれば大学を続けさせたいと考えた情報科学部の教授が、各所にかけあったが、未納中は進級できないため、残りの学生生活は半年ではなく一年半。それを知った本人はすっぱりやめた。それが今年の夏ごろのことだという。

 起業した会社の名前も聞いた。検索をしてみたら、梶本の顔写真が出てきた。しかも彼の名前は、梶本裕ではなく梶本洋太よう ただった。検索除けだったんだろう。ユウとヨウ、聞き間違えたんじゃないの、タが聞こえなかったんじゃないの、そう言い訳できると思ったのか。

 あいつの狙いは、なんなんだ?

 

 

 本人を問い詰めるまえにと思い、再び広江さんを探した。うんざりした表情をされたが、かまっていられない。一緒にいる女性ふたりにも、男性の写真二枚と梶本の写真を見せる。

 三十代の男性は、十歳ばかり年上のスーツの人、と言ってた相手だとわかった。オジサンのほうはわからないという。

「探偵さん、こわーい。昨日はなにバカなこと言ってんの、と思ってたけど、よくこんなの見つけたね」

 昨日、被害妄想じゃないのかと笑っていた子だ。引きつつも、話は聞いてくれそうだ。

「見つけたのは僕じゃないんだ。この梶本って人。アプリの開発とかする会社をやってて、夏まではうちの情報科学部の学生。ネットに詳しいようだ」

「情報科学部で、アプリ開発?」

 広江さんが考え込んでいる。

「なにか知ってる? 覚えてない?」

「これ、違うかもしれないけど、ミス&ミスターキャンパスの投票結果がおかしいって実行委員会に文句がきたんだって。あれ、ネットでの投票でしょ。自分は情報科学部でそういうのに詳しいからチェックさせてほしい、って申し出だったんだけど、結局、無視したみたい。なぜなら投票アプリのシステム自体、昔から情報科学部の人が作ってて、メンテもしてもらってたから」

「そんなことがあったんだね」

 と右隣の子が目を見張る。

「その文句言った人が梶本? それ、警察に言った?」

 僕は問う。

「名前は聞いてないし、警察にも言ってない。だって依梨花を名指ししての結果の話じゃなかったようだし、正直、忘れてた」

「今からでも。実行委員会の人にも話を訊きたい」

「そうだね。そういえば依梨花は、せっかくだからチェックしてもらえば正しいって証明になるのに、って言ってたかな」

 怪しい。正しくないという証明にすることもできるはずだ。その結果を持って、百地さんを上位にしようとしたのでは。百地さんと梶本、つながりがあったんじゃないか?

「……あの」

 探偵さん、とふざけて呼んできた子が表情を硬くしている。

「あのね、アプリで思い出したんだけど、私、カレシの浮気を疑って、依梨花に相談したことがあったの。そのときにもらったアドバイスがね」

 彼女の話を聞いて、確信した。百地さん殺害の犯人は、梶本じゃないのか?

 

 僕は梶本を、Kというカフェチェーンに呼び出した。別のカフェチェーンのTという店が、数十メートルの距離にあって、僕はそこにいる。

「待たせた?」

 コーヒーカップを手に、笑顔の梶本がやってくる。

「なんでこの店に来たの? 僕が連絡したの、隣にラーメン屋が入っている、Kなのに」

「え? いやあ、行ったけどいなかったから、たぶんこっちのTと書き間違えたんじゃないかなと思って」

「Kには東店と西店がある。書き間違いならその可能性のほうが高いんじゃない?」

「あーと、それは」

「GPS追跡アプリを僕のスマホに仕込んだからだよね。だから店がわかった。ついでに、僕が踏切に飛び込もうとしたときにタイミングよくやってきたのも、そのアプリで監視してたからじゃない?」

 カレシの浮気を疑った子からの話がそれだ。GPS追跡アプリというものがあるらしいよ、と言われたそうだ。梶本から聞いたことがあったのだろう。そして今、はっきりわかった。梶本は、LINE登録をすると言って僕のスマホを取り上げたときに、そいつを入れている。

「一方的にごめん。でもまじ春宮くん、顔色悪かったから心配で。やばい行動取りそうで」

「ごまかさなくてもいい。大学をやめたことも、起業のことも、全部聞いた。ミスキャンの投票結果に文句をつけた話もだ。もちろんきみの本名も知っている。ついでに百地さんのインスタ、全部見たけど、ふたりの男の映り込みらしきものは発見できなかった。作り物でなければ、百地さんをGPSで追跡して撮った写真じゃない?」

 梶本の顔がゆがんでいく。

「きみこそが、百地さんの交際相手のひとりじゃないか? そして、彼女を殺害した犯人だ」

 ため息をつき、梶本が頭を掻いた。

「まいったなあ。意外と鋭いんだ」

「警察に行こう。それともここに呼ぼうか。刑事の直通電話番号を持っているんだ」

「待って。途中までは合ってる。でも俺は、彼女を殺してはいない」

「言い訳は警察ですればいい」

「まじホント。話を聞いて。ほら俺のコーヒー、まだ口もつけてないし。そのぐらいの時間はくれよ」

 なにを勝手なことをと思ったが、好きに飲める最後のコーヒーかもしれないと、許してやることにした。

「俺は依梨花の交際相手のひとり。というか、俺は俺だけだと思ってたんだよ。俺は起業したばかりで、そういうときに恋人の影がちらつかないほうがいいって依梨花に言われて、ふたりのことをオープンにしてなかった。だけど最近、アレ? って思うことがあって、春宮くんの言うように依梨花のスマホにGPS追跡アプリを入れたら、男と会ってるとわかった。それもふたりも。オジサンはいかにもパパ活相手ってかんじだし、三十がらみの男も既婚者だ。画像検索をしてみたけど素性はわからなくて、どうやってそいつらのことを突きとめよう、依梨花を直接問い詰めるべきか、って考えてたときに、彼女が死んだ。自殺じゃないと思った。どっちかが、妻にバレたとかで殺したに違いない」

「だったらそれ、警察に言えよ」

「俺のアリバイもないんだよ」

「は?」

「依梨花が交際をオープンにしないほうがいいって言ったのは自分のためだろうけど、おかげで俺のことも警察にバレずに済んでいる。下手に警察につきまとわれて事業に影響があっては困る。うちはまだ悪評や噂を消せるほどの信用がない。でも依梨花を殺されて黙ったままでいるのはまじ悔しい。で、ほかに告発者になってくれる人を探してて」

 なにを言ってるんだ、こいつは。

「それは僕を利用したってことじゃないか」

「結果的にはそう、なるかな。でも最初は依梨花を発見した人だと知って、話を聞いてみようとしただけ」

「だから、警察は信用できないみたいに言っておきながら、写真を持っていけって勧めてきたのか」

「そんなに怒るなよ。俺が関わるまえから警察には疑われていたんだろ。変わらないじゃん。犯人候補、見つかっただろ」

「梶本、犯人候補はおまえもだよ。僕にさらに怪しげな行動をさせて犯人ぽく見せて、そのあと自殺に追い込んだら、僕に罪を被せられる。そう考えたんじゃないのか?」

 梶本が少し考え込んだ。

「それは違わないか? ただ罪を被せたいだけなら、踏切で自殺を止めたりしない」

 そうだろうか。ごまかされている気もするけど。

「とにかく俺は犯人じゃない。依梨花を殺す理由がない。そしてせっかくの写真なんだ。警察に渡してくれ」

 どうしてこんなに堂々と命令できるんだ。殴ってやりたい。陰キャの僕には、他人を殴る勇気がないから無理だけど。

「最低だな。二度と顔を見せるな。……あ、僕のスマホに仕込んだGPS追跡アプリ、消せよ」

 梶本は、わかったと言いながら自分のスマホを出した。液晶画面を見せてくる。と、僕にもスマホを出すように言い、その画面も僕に見せながら操作をはじめた。別のアプリに偽装されたアプリが立ち上がる。きっと彼自身が作ったのだろう。これは疑って探しても、まったくわからない。

「僕のスマホのほうのこれが、春宮くんのGPS。点滅してるだろ。そしてきみのアプリを消す。……ほら点滅、消えた。これでいいな」

 そう言って、僕のスマホを戻してきた。

 

 

 僕は菅原に全部を伝えた。梶本の工作もだ。

 梶本から、自分は関係ないので写真だけ渡せと再度言われたが、そんな甘い話が通るわけがない。アリバイがないそうだし、僕と同様、厳しく追及されるがいい。ざまあみろだ。

 とはいえこれで、捜査が進むだろう。写真を渡したときの菅原の目は輝いていた。

 ちなみに以前、僕に見せたいものがあると言っていたのは、僕が失くしたトートバッグだった。だけど誰かが盗ったのか中身はなくて、もちろんトラロープもなく、その件についてはまたしつこく訊かれたが、もう僕は揺るがない。犯人じゃないと断言して睨んだ。

 大学の就職課にも出向く。お叱りを受けたものの僕が百地さんの死体を見つけた話は届いていて、ナーバスになってたんだねと同情もされた。就職活動、本格的に再開しないと。

 ほっとしながらキャンパスを歩いていたら、向こうから伸斗の歩いてくる姿が見えた。今日は悠里はいない。逃げようか、いや、僕が逃げる必要なんてないんだ。胸を張って進んでいくと、伸斗が声をかけてきた。

「遼平、あの……、おまえだいじょうぶか」

「なにが」

「いや噂が。死体を見つけたって話。あとなんか、校門まで女の子を追いかけてただろ」

 やっぱり、しっかり見られてたんだ。

「平気だ。全然だいじょうぶ」

「そうか。あの、もう一度ちゃんと、謝ろうと思ってたんだ。遼平を裏切るような真似をして……いや、裏切ったんだ。ごめん。どうすれば許してもらえるだろう」

 伸斗が頭を下げてくる。

「許す? じゃあ悠里と別れてくれる?」

「ああっと、それはその」

 伸斗の目がわかりやすく泳いでいる。

「ふっ、無理だよな。それに別れたって、悠里が僕の元に戻るとは限らないし」

「オレたちは、……戻れないのかな」

 肩を落としている伸斗に、どんな返事をしようかと考える。

「あ、ごめん、勝手なことを言って。大学、あと半年もないし、気まずいままで卒業したら二度と会えないような気持ちになって」

 僕が黙ったままでいたためか、伸斗はそんなことを言う。

「しかたないな。今度すげえ高い焼肉でも奢れ。僕の就職が無事に決まったら。じゃあ」

 背を向けて歩き出した僕の腕を、伸斗が取ってくる。

「奢る。高い焼肉。前祝いに。食べにいこう。今日、バイト代が入った」

 

 そこから伸斗と焼肉を食べに行った。イチボ、ミスジといった普段食べられない希少部位も食べた。悠里の話は避けた。その代わり、先生や講義の思い出話や、漫画や映画の話に花を咲かせた。

 ビールも飲んでいたけれど、さらに居酒屋に行った。珍しい日本酒を取り揃えている店だそうだ。

 一合も飲んでいないのに、目の前の景色が回っている。

「ちょっと酔ったみたいだ。トイレ」

 そう言って個室に入る。立っていると倒れそうで、便座に腰かける。なんだか眠い。

 僕、こんなに酒に弱かったっけ。みんなで花見に出かけたときなんて、ビールに日本酒、ワインまで飲んでもたいして酔わなかったのに。いい気分で桜並木を見上げながら、桜の木に巣食う怪談の漫画を話題にしたっけ。振袖を着た美女が桜の枝で首を吊り……

 あの話をしたのは、伸斗だ。

 唐突に僕は思い出した。桜の枝はもろくて折れやすいから首は吊れないと言い、枝ぶりのよい別の木を探して笑いあっていたのも、伸斗とだ。

 伸斗はあの木を知っている。伸斗ならあの場所を選ぶことができる。だけど、伸斗は百地さんを知っているのか? ああ、それにしても眠い。これってまさか、いわゆるレイプドラッグってやつじゃ……

 僕はふらつきながらもトイレを出て、席へと歩く。

「おいおい、遼平、そんなに酔ってるの? さっきの店で飲みすぎたみたいだな」

「……のう……ぶ……お、おまあえ」

 自分でも呂律が回っていないのがわかる。

「帰ろうか。タクシー呼ぼう。もちろん、オレ出すから」

 伸斗が言い、精算らしきものをしている。その情景もまたぼんやりしている。

 気づけば表に出ていた。頬に当たる空気が冷たくて、それで少しだけ目が覚めたようだ。でもまだ足がもつれる。

「たくし……いらな……」

 それは本当にタクシーなのか? タクシーだったとしても、どこに連れていかれるんだ? あの公園の木に吊るされる? それともどこかから突き落とされる? スマホのメモアプリに入れた遺書は消してしまったけれど、同じ形で、僕が百地さんを殺したと告白する遺書を残すことは可能だ。

 ああ、また眠くなってくる。もう僕は、目覚めないんじゃないか……

「おいこらっ! 春宮!」

 突然の怒声がした。

「ええっ?」

 伸斗の驚く声、そして胸元を誰かにつかまれる感触がした。

「なに気持ちよく酔っぱらってんだよ。ひとを警察に売っといて」

「……え……あ、かじ……もと?」

「俺は関係ないって言っただろ。なのに一番怪しいだと? ふざけるなよ。警察のやつら、よりにもよって重要な商談中の事務所に押しかけてきて──」

「たす……けて。そいつ……もも……ち、ころ、はん……に」

 僕はなんとか、伸斗を指さす。

「えっ? ええ? おい、ちょっと待て。逃げるな! おーい誰か、そいつ捕まえてくれ! 昏睡強盗だー。百万円、持ってったぞ!」

 記憶にあるのはそこまでだ。昏睡強盗ではなく殺人だけど、僕の状況から、それがはたから見て一番しっくりくるという、梶本の機転だ。

 

 伸斗の起訴が決まったあとで、僕は菅原から遠回しながら説明を受けた。

 伸斗を捕まえたのは半グレのような連中で、義侠心ではなく、「百万円」に反応したようだ。金をよこせ、有り金はこれだけだ、もっとよこせ、などと揉めていたところで巡回の警察官がやってきたのだという。伸斗もまた、百地さんの交際相手のひとりだった。そして梶本が撮った写真の人のように金銭での割り切った交際ではなく、百地さんが将来を考えてキープしておきたい本命候補だったようだ。梶本も、おそらくその候補のほうだったらしい。ところが伸斗に、悠里という彼にとっての本命ができて、別れ話がこじれたそうだ。そんな女だと知っていたら殺さずに金で解決したのに、と伸斗は漏らしたという。

 でもどうだろう。校門近くで交わしていた僕と菅原との会話で、僕が疑われていると知り、犯人に仕立てて殺そうとしたぐらいだ。目の前から排除できるならと、やっぱり殺したんじゃないか。

 僕の嘔吐物も証拠になるそうだ。僕は記憶がなくなったあと吐いたそうで、そこから睡眠薬の成分が検出されたとのことだ。また、警察はそれまで伏せていたけれど、百地さんの体内からも同じ薬物が出ていたという。って、そんな薬、僕は持っても買ってもいないんだけど。なんでそれで僕を疑うんだよ。と再度、警察に腹が立った。

 ところで僕にはまだ、もうひとつ疑問が残っている。

 梶本がなぜあの場に現れたかだ。答えの想像はつくけれど。

「GPS追跡アプリ、今度こそ本当に消してくれない?」

 僕がそう言うと、梶本がニカッと笑った。

「バレてた?」

「そりゃバレるよ。突然現れた理由がほかにない。なぜ来たの」

「一発、殴ろうと思ったからだよ。春宮くん、警察に俺のことを誇張して話しただろ。突然やってきて署でお話を、なんて言われたせいで、でかい商談が飛んだんだから」

 陽キャはわざわざ殴りに来るのか。

 そして梶本は、先日と同じように僕のスマホからアプリを消した。

「じゃあまたね。もし就職先に困ったら、まじ、うちの会社においでよ。雇ってあげる」

 さんざん人を利用しておいて、なにを上から目線なんだ。

 信用できないと思い、スマホを初期化した。これなら完全に消えたはずだ。悠里の連絡先も、消えた。

 この人生、死ぬには惜しい。そう思うために僕は、就職活動に向かう。

 

(了)