下谷稲荷町の自身番を舞台に、大家の辻六、そして朝松、文治、陣五郎といった個性豊かな番人たちが、町内で日々起こる騒動を収めるべく奔走する、義理と人情あふれる時代小説「下谷稲荷町自身番日月抄」シリーズ。
履物問屋に力士が怒鳴り込んできたその意外な理由とは? 刀を曲げることができるという侍の正体は? 蕎麦屋の主と料理屋店主の過去の因縁とは? などなど、連作短編集なので、どの巻のどの話から読んでも大丈夫というのも人気の秘密。物語世界をより深く味わうために、物語に出てくる重要な用語を、担当編集者が解説します。
① 自身番
「下谷稲荷町自身番には、もう春らしい陽射しが流れ込んで~」(『薬味蕎麦』51ページ)
自身番とは、南北町奉行所の支配の下、各町内に設置された施設で、いまで言う「役所の出張所+交番」の役割を持っていました。幕末の江戸には900か所以上の自身番があったと言われています。業務は町奉行から伝えられる「町触」の伝達、住人の人別(宗門人別改帳)調べ、町内の必要経費である「町入用」の管理から、犯罪人の一時収容まで多岐にわたり、かなり多忙でした。規模によっても違いますが、通常は大家、番人など三人から五人が常時、番屋に詰めていました。
② 大家
「大家さんがこちらに足をお運びになるとは珍しい~」(『薬味蕎麦』161ページ)
江戸時代の大家とは、自らが物件を所有しているわけではなく、「地主」が自分の土地に建てた長屋などの管理を任されている人のことです。「家主」とも呼ばれていました。現代風に言えば、賃貸物件の雇われ管理人、といったところでしょうか。「大家といえば親も同然、店子といえば子も同然」という落語のセリフにもあるように、店子に不祥事があった際は連帯責任を取らされることもある重い役割でした。
③ 地主
「まずは地主の彦左衛門さんのところへお伺いを立てようと~」(『薬味蕎麦』23ページ)
江戸時代、土地は基本的には幕府の所有でしたが、町人地では土地の私有が認められ、そうした土地を持っている人を地主と言いました。地主の多くは、自身の所有している土地には住まず(彦左衛門も店を構えているのは日本橋駿河町)、そこに長屋などを建て、大家に管理させていました。
④ 番人
「この男、稲荷町自身番の番人をしているが~」(『薬味蕎麦』8ページ)
自身番に詰め、大家の下でさまざまな雑務や町内の見回りをする者を番人と言います。細かく分ければ、番人というのは自身番に雇われている者(常番と呼ばれる、元力士・朝松はこちら)のことで、文治や陣五郎のように町内の店の番頭や手代が月替わりで詰めるのは「店番」とも言われました。
⑤ 定町廻同心
「定町廻同心の氷川清吾が見廻りにやって来た」(『薬味蕎麦』37ページ)
南北町奉行所に属する「町方同心の花形」と言われる役割で、着流し姿で町内を巡回し、事件の捜査や犯罪者の捕縛にあたりました。南北町奉行所それぞれ四人ずつ(時代によっては六人)しかおらず、一人あたりの持ち場はかなりの広範囲でした。
⑥ 岡っ引き
「岡っ引きの親分が町内にいてくだされば~」(『薬味蕎麦』14ページ)
定町廻同心に十手を貸与され、情報収集や探索に従事した者のこと。「御用聞き」とも呼ばれました。岡っ引きは定町廻同心に雇われる身分でしたが、もらえる給金はわずかで、自身や女房が別の商売をするケースが普通でした。
以上、ほんの少しですが、物語に頻出する言葉をいくつか紹介しました。「下谷稲荷町自身番日月抄」の世界にますます興味を持っていただく一助になれば幸いです。