耳が聴こえない両親、宗教にハマる祖母、元ヤクザの祖父について綴った『しくじり家族』でエッセイストとしてデビューした五十嵐大さん。自身の両親のことを綴ったエッセイ『ぼくが生きてる、ふたつの世界』が、吉沢亮さん主演で映画化され話題となりました。2022年には『エフィラは泳ぎ出せない』で小説家デビュー果たした五十嵐さんの最新刊『拝み屋のおばあちゃんと僕』が、このたび刊行されました。

 本作は、母が失踪し、青森の祖母のもとへ引っ越すことになった小学六年生の蒼と、拝み屋と呼ばれる祖母のふたりが、人々の悩みを優しく解き明かすミステリです。

〈家族〉をひとつのテーマとした本作の執筆の背景や、物語に込めた思いをうかがいました。

 

「おばあちゃんともっと話をすればよかった」と、時々思い出してしまうんです

 

──先にエッセイストとしてデビューしていた五十嵐さんですが、小説家デビューのきっかけを教えてください。

 

五十嵐大(以下=五十嵐):2019年10月に、山村正夫記念小説講座(現、森村誠一・山村正夫記念小説講座)に入り、エンタメ小説の勉強をスタートさせました。ご縁があって2020年10月にエッセイストとしてデビューしたのですが、その後も教室で小説の勉強は続けていて。そうしたら、エッセイを読んでくれた文芸の編集者から声がかかり、2022年8月に東京創元社から『エフィラは泳ぎ出せない』で小説家デビューすることになりました。運やタイミング、人に恵まれてのデビューだったと感じています。

 

──一作目『エフィラは泳ぎ出せない』(2022年刊行)から今作まで少し時間が空きましたが、理由があったのでしょうか。

 

五十嵐:僕は新人賞を経由せずにデビューさせてもらいました。そのこと自体は非常にありがたいですし、僕を見つけてくださった東京創元社の担当さんにはいまでも頭が上がりません。ただ、同時に、コンクールを勝ち抜いていないことがコンプレックスのようになってしまったんです。『エフィラは泳ぎ出せない』を刊行してすぐに双葉社の担当さんからも「一緒になにか作りましょう」と声をかけていただいたんですが、嬉しい反面、「新人賞も獲っていない自分に小説を書く権利があるんだろうか……」と悩んでしまって。『拝み屋のおばあちゃんと僕』の原型となるアイデアは割とすぐ生まれたものの、「自分は誰にも認められていない」という思いから、なかなか筆が進まなかったんです。それでだいぶお待たせすることになってしまいました。

 

 でも、担当さんから定期的に「楽しみにしています!」と連絡をもらうにつれて、「まずは担当さんに喜んでもらう作品を書いてみよう」と少しずつ前向きな気持ちになっていったんです。いまでも新人賞を獲っていないというコンプレックスは拭いきれていませんが、でも、担当さんのように待ってくれている人、期待してくれている人がひとりでもいるのなら、そういう人たちのために頑張ろうと思えるようにはなれました。

 

──個性的なおばあちゃんと小学生の孫・蒼のコンビが愛らしい作品ですが、どういったきっかけで生まれたのでしょうか。

 

五十嵐:僕はジブリの『天空の城ラピュタ』が大好きで、特に主人公パズーと海賊ドーラの関係性にすごく惹かれるんです。年齢や性別を超えて、名前のつけられないような絆が芽生えますよね。だからいつか、“おばあちゃんと少年”を主役にした物語を書いてみたいと思っていました。その結果、生まれたのが、拝み屋を自称する怪しいおばあちゃんとちょっと気弱な少年のストーリーでした。

 

──なぜ青森を舞台にしようと思ったのでしょうか。

 

五十嵐:おばあちゃんを“拝み屋”にすると決めたとき、真っ先に青森が浮かんだんです。青森には恐山という神秘的な場所もありますし、青森出身の友人からは「実際に町中に不思議な力を持つ民間の人がいる」という話も聞いていたので、物語の舞台にするにはぴったりだなと。

 

 それに、僕は東北で生まれ育ったので、幼い頃には何度も青森を訪れたことがありました。だから馴染み深い土地でもあったんです。作中にも登場させたねぶたを間近で眺めたこともありましたし、美味しいご飯の数々も忘れられません。青森に行ったことがない人に対して、少しでも旅行気分を味わってもらえたらいいな、という思いも込めました。

 

──作中には青森ならではのアイテムもたくさん出てきますね。

 

五十嵐:津軽三味線やこぎん刺し、金魚ねぶた、花笠など、できる限り青森ならではのものをちりばめたので、豊かな伝統が残る土地であることが伝わったら嬉しいです。本当はもっともっと入れたい要素があるんですが、それはこの作品がシリーズ化できたときに書ければ……!

 

──それらがミステリとしての謎にも関わってきます。

 

五十嵐:ミステリとして楽しんでもらえるよう、謎の部分はとても苦労しました。でも、担当さんからのアドバイスをもらいながら、一つひとつ凝った謎を作り上げたので、おばあちゃんや蒼くんと一緒に推理していただけるとありがたいですね。同時に、事件を解決していくにつれて蒼くんが少しずつ成長していく姿を見守っていただければ。

 

──蒼が成長していくだけではなく、おばあちゃんとの距離が縮まっていく様子が印象的です。

 

五十嵐:蒼とおばあちゃん、ふたりが“本当の家族”になっていくところが一番書きたかったんです。僕自身、おばあちゃん子として育ったんですが、大人になるに従って、祖母とすれ違うことが増え、最終的にはわかりあえないまま、死別することになってしまいました。あれからもう何年も経ちますが、実はいまだに心残りがあって。「おばあちゃんともっと話をすればよかった」と、時々思い出してしまうんです……。

 

 だから本作には、僕が叶えられなかった願いを込めました。最初は距離がある蒼くんとおばあちゃんが徐々に近づいていくところを書きながら、自分のなかにあった後悔が昇華されていくような感覚がありました。もしも、家族に対して似たような思いを抱えている人がいるならば、本作を通して、少しでも温かい気持ちになってくれたらいいな、と思っています。

 

──最後に読者へのメッセージをお願いします。

 

五十嵐:親に捨てられ、見知らぬ土地での生活を余儀なくされる蒼くんは一見“可哀想”かもしれませんが、そんな言葉ではジャッジさせないぞという気持ちを込めて書いています。それは読んでいただければ伝わると信じています。どんな境遇にあっても、人は強く豊かに生きていくことができる。そういった“人間の逞しさ”を蒼くんの姿から感じ取ってもらえたら嬉しいです。