今年、10周年を迎えた大人気ミステリ「京都寺町三条のホームズ」シリーズ。1年ぶりの新刊である22巻は、シリーズファンに衝撃を与える展開から幕を開ける。作者の望月麻衣さんは、本作にどんな思いを込めたのか。清貴と葵の関係をどのように見つめているのか。お話をうかがった。
取材・文=イガラシダイ
写真=福羅広幸
京都を歩いていても、清貴や葵のことを思ってしまう。10周年を迎えて高まっていく、登場人物たちへの思い
──本シリーズはテレビアニメ化、コミカライズもされていますね。
望月麻衣(以下=望月):そもそも、自分が文字だけで書いたものにイラストの表紙がつくところからはじまるじゃないですか。ヤマウチシズ先生が清貴と葵をイラストに起こしてくださったとき、すごく感激しました。それからコミックやアニメになり、自分の手を離れて広がっていくことが本当に嬉しい。書き手として、こんなに幸せなことはないなと思っています。
──今年はついに舞台化もされました。
望月:そうなんです! 清貴が働く骨董品店「蔵」のモデルになった「WRIGHT商會」というアンティークショップがあるんですが、そこの2階で舞台をしている劇団「月光夜行社」さんたちが舞台を作ってくださることになりました。女性だけの劇団で、男装の麗人でもある鬼村エミさんが清貴役を演じます。ありがたいことに私もスタッフのひとりとしてオリジナルストーリーを考えさせてもらいました。
──あらためてになりますが、京男子である清貴にはモデルとなる人物はいるんですか?
望月:モデルとまでは言いませんが、京都出身の夫の言動はかなり活かしています。彼はいつも嫌味を言うんですよ。たとえば、私が京都に来たばかりの頃、「丸太町」と書かれた看板を見つけて「へぇ、『まるたちょう』なんてあるんだね」と尋ねたら、「そんなの世界のどこにもあらへん」って言われたんです。よくよく確認してみると、正しくは『まるたまち』だったらしくて、それを嫌味たっぷりに指摘してきたというわけです。
そうやって反応するのはまだマシで、私がなにか間違ったことを言うと、聞こえないフリをすることもあります。絶対に聞こえているでしょと責めると、「そんなしょうもないことに反応したくあらへん」なんて言われて。
そういう小さな意地悪みたいなものを日常的に言う人なんですけど、でも、本人からすると決して意地悪ではないんですよ。大阪人でいうならば「ツッコミ」に近いかもしれません。だから、京男の嫌味というのはジョークでもある。わからないことを知ったかぶりせず、わからないまま教えを請うと、やさしく教えてくれますしね。
ちなみに、「京男子」というのは私の造語で、夫からは「京男子なんていない。京男や」と言われたこともあります。ただ、「これは関東から来た葵が、清貴を指していう言葉なんだ」と説明したら納得してくれました。納得いく理由があるならOKみたいです(笑)。
そんな風に夫には「いけず」なところがたくさんあるんですが、せっかくなので清貴に反映するべく、身近な観察対象として常に観察しています。
──まさか身近なところにモデルがいたとは……!
望月:そもそも、作中に出そうと思った場所にはサッと行けますし、京都に住むようになって本当に良かったと思います。これだけたくさん書いてきましたけど、知れば知るほど、京都の層の厚さを実感するんです。「こんな神社あったんだ!」と驚かされることなんてしょっちゅうありますしね。ただ、最近は、「祇園祭は人が多いから行きたくない」なんて思いはじめちゃって、ダメダメ、京都の人になってる! と自戒しています(笑)。初心を忘れないようにしないと。
──1作目の誕生から時間が経ったことで、清貴や葵などとの付き合い方にも変化はありましたか?
望月:変化ではないんですが、本シリーズは作中でも時間が流れるように描いているので、清貴や葵をはじめとするキャラクターたちが成長していったり、人間味が増していったりするのを、私自身も見届けるようなつもりで書いています。それは読者の方々も同じみたいで、「清貴も随分と人間らしくなりましたね」なんて感想をもらえると、作者としてとても嬉しくなります。
そして気付けば、私の生活にキャラクターたちが深く根付いているみたいで。京都を散策していると「清貴だったらこの風景をどう受け止めるかな」と考えてしまったり、寺町商店街のアーケードに行けば「葵たちが本当にいそうだな」なんて感じてしまったりするんです。
このシリーズは現実世界から5年遅れくらいの時間軸で進行していました。でも、22巻でやっと現実に追いついてきました。それもあって、読者の方々にもキャラクターたちの気持ちをよりリアルに感じてもらえるようになったかもしれません。
この巻で清貴と葵の関係が変わり、新章がスタートしました。いろいろと新しい展開も書いていけるのではないかと思っていますので、読者のみなさまにはぜひ、今後も見守っていただきたいです。
『京都寺町三条のホームズ 22 美術補佐人の誕生』あらすじ
輝かしい未来に想いを馳せていた葵だが、突如世界を襲った新型ウイルスにより、海外留学を断念せざるを得なくなる。そんななか、清貴が出した提案とは? 難航する就活、合わない職場での苦悩を経て、葵は自分を取り戻し、さらに『美術補佐人(アート・アドバイザー)』としての才能が開花していく。清貴と葵の関係が新しいステージに進んだ、新章スタート!