今年、10周年を迎えた大人気ミステリ「京都寺町三条のホームズ」シリーズ。1年ぶりの新刊である22巻は、シリーズファンに衝撃を与える展開から幕を開ける。作者の望月麻衣さんは、本作にどんな思いを込めたのか。清貴と葵の関係をどのように見つめているのか。お話をうかがった。

 

取材・文=イガラシダイ
写真=福羅広幸

 

描きたかったのは、「葵の自立」。作者として試練を与える展開に

 

──『京都寺町三条のホームズ 22 美術補佐人の誕生』は衝撃的な展開から幕を開けます。シリーズを追いかけてきたファンからすれば待ち望んでいた展開とも言えますが、なかには「え! こんなに早く!?」と驚く人もいるかもしれませんね。

 

望月麻衣(以下=望月):実は担当編集者にも驚かれたんです(笑)。まずは序章を書いて送ってみたんですが、そうしたら「え! こうなるんですか!」と。ただ、「信じているので、続きを書き進めてください」とも言っていただけたので、思い切って書いてみました。イラストレーターのヤマウチシズ先生も「この展開って、登場人物が見ている夢じゃないですよね?」と仰っていたので、やはり衝撃的だったみたいです。そこの部分はあらすじでも伏せているので、読者の方々にもびっくりしてもらえると嬉しいですね。

 

──そんな驚きの冒頭からはじまる22巻のテーマになっているのは、「葵の成長」だと感じます。

 

望月:そうですね。本巻で葵にはたくさん試練を経験させました。海外留学をする予定がコロナ禍でナシになってしまい、葵は就活に励みます。でも、なかなかうまくいかない。なかにはハラスメントをぶつけてくる人もいて、彼女の自己肯定感はどんどん低くなっていく……。そこはちょっと極端な描き方をしたかもしれません。

 

ただ、葵が経験したことって、誰にでも起こり得ることなんじゃないか、とも思います。私自身も、似たようなつらい思いをした経験がありますから。でも、それを乗り越えて、一回り成長してもらいたかったんです。

 

──結果、葵は自立をしますね。

 

望月:葵には清貴がいますが、決して過保護になってはいけない。だから本巻の清貴は、葵の「後方支援」のような立ち位置にいます。彼に見守られながら、葵は就活で傷ついたり、「アンダー25・アート・プロジェクト」の選考に参加したりして、少しずつ自立していくんです。作中で葵が気付いたのは、「頼れる人には頼って良いのだ」ということ。「自立」というのはたったひとりで立つことではなく、ときには周囲の人に頼り、共存していくことじゃないでしょうか。それに気付いた葵の姿を通して、読者の方々にも自立の意味を感じ取ってもらえたら嬉しいです。

 

──ラストでは今後の展開として、「清貴と葵がヨーロッパに行くのでは?」という予感も滲ませています。実際、そういった構想もありますか?

 

望月:タイトルに「ホームズ」と入っているので、いつかはヨーロッパ(ロンドン)も舞台にしなければいけない、と考えていました。23巻でそれを描くかどうかは検討中ですが、ふたりがヨーロッパを舞台に奮闘する様子は描いてみたいと思っています。

 

──この22巻で、本シリーズは10周年を迎えました。あらためて、この10年を振り返ってみるといかがですか?

 

望月:気が付くと10年経っていた、あっという間だったというのが正直なところです。『京都寺町三条のホームズ』の1巻は、私にとって3冊目の本でした。夫からは「3冊も出せたら御の字やな」なんて言われていましたし、私自身もそう思っていたんです。でも、ありがたいことに1巻が重版してすぐに2巻を出すことになり、続けて3巻も決まって、怒涛の展開に追いつくのが必死で、ただ目の前のことを一生懸命やっていたら、いまに至ったという感じがします。

 

──この10年の間、本シリーズにはたくさんめでたいことがありました。そのひとつが、2016年度「京都本大賞」の受賞です。

 

望月:本当にありがたいことです。いま思えば、「よそ者視点」に徹して京都を描いてきたのが良かったのかな、と思います。私は北海道から京都へ引っ越してきて、そこで感じた京都の面白さを作品に込めてきました。いつだって観光客みたいな外からの視点を持って、新鮮な気持ちで京都を楽しんでいるんです。だから逆に、私の作品を読んだ京都の人たちから「そんなことが面白いの?」と驚かれることもあります。

 

たとえば、2巻では南禅寺を取り上げたんですが、京都の人から「京都に50年住んでいるけど、初めて南禅寺に行ってきました」と言われたことがありました。あるいは、京都の公園にはお地蔵さんがあることを書いたときには、「え、普通はおらへんの? じゃあ、お地蔵さんはどうしてるん?」なんて反応をいただいたりもして。私からすればどれも京都の魅力なんですが、長く住んでいると、地元の魅力が見えづらくなることもあるのかもしれませんね。

 

そういう部分を「よそ者視点」で描いてきたから、「京都本大賞」に選んでいただけたのかもしれない、と思っています。

 

──作中で取り上げる場所は、実際に取材もされているとか。

 

望月:必ず現地まで足を運びます。神社の鳥居をくぐったらどこに手水舎があるのか、足元に敷かれているのは土なのか砂利なのか、どんな風が吹いているのか……。一つひとつ確認して、京都を知らない人にレポートするようなつもりで書いているんです。

 

 

『京都寺町三条のホームズ 22 美術補佐人の誕生』あらすじ
輝かしい未来に想いを馳せていた葵だが、突如世界を襲った新型ウイルスにより、海外留学を断念せざるを得なくなる。そんななか、清貴が出した提案とは? 難航する就活、合わない職場での苦悩を経て、葵は自分を取り戻し、さらに『美術補佐人(アート・アドバイザー)』としての才能が開花していく。清貴と葵の関係が新しいステージに進んだ、新章スタート!

 

〈後編〉に続きます。